トイレマークや非常口マークなど、シンプルなデザインの絵文字で記号化されたサインを「ピクトグラム」と呼ぶ。駅や空港などの公共空間で、文字を使わずに道案内や注意表示を表しているピクトグラムは、私たちの生活にも馴染み深い存在だ。しかし、これらのマークが誕生したきっかけが、1964年の東京オリンピックであることはご存知だろうか。
1964年 東京五輪とピクトグラム
出典:olympic-museum.de戦後日本の一大デザインプロジェクトとしての東京五輪
1964年の東京オリンピックはスポーツの祭典であるだけでなく、日本の戦後復興と経済成長を国内外に広く示すためのイベントでもあった。オリンピック開催決定に伴い、デザインの分野からも多くの才能が集められ、シンボルマークやポスター、表彰状、聖火トーチなどが作成された。東京五輪は戦後日本のデザイン界の発展においても、ターニングポイントとして大きな役割を果たしたのだ。そしてピクトグラムは、それらデザイン活動の一環として作られた。
数々のピクトグラムを生み出した「11人の若手デザイナー」
五輪開催まで半年を切ったある日、デザイン評論家の勝見勝氏が若手デザイナー11人を集め、「世界中から訪れる人のための案内表示シンボル」の作成を呼びかけた。外国人向けの案内板が整備されていない当時の日本で、来訪者をもてなす方法として勝見氏が発案したものだった。この時集められたメンバーの中には、後にグラフィックデザイナーとして活躍する横尾忠則氏や福田繁雄氏も含まれていた。
3ヶ月という短い制作期間の中、若手デザイナーたちはそれぞれの仕事を終えた後に、赤坂離宮へと集って作業を行った。この作業の中で競技種目のピクトグラムが20種、「シャワー」「食堂」などの各種設備のピクトグラムが39種作成された。現在世界各国で使用されている「トイレ」のピクトグラムも、この中で生み出されたものだ。
著作権放棄により全世界へ
作成されたピクトグラムたちは、勝見氏の「社会に還元すべきだ」という考えの下、デザインの著作権放棄が提案された。それまで必死にピクトグラム創りに取り組んだにも関わらず、なんと若手デザイナー達は反対することなく、進んで著作権放棄の署名を行ったという。これによって今日ピクトグラムは日本だけでなく、全世界で案内表示として広く使われるようになったのだ。また競技種目のピクトグラムは、その4年後に開催されたメキシコオリンピックでも作成され、現在でも各大会に合わせて作成され続けている。
日本から世界各地に広まったピクトグラム
こうして日本国外へと広まったピクトグラムは、世界の各地で案内表示や注意表示として使用されている。ここでは、海外で実際に使用されているピクトグラムを紹介する。
ブラジル:車いすのピクトグラム
サンパウロの駐車場にある、車いす用駐車場のピクトグラム。日本で見かけるものとほぼ変わらないデザインだ。車いすサイン・禁煙サイン・非常口サインの3つのピクトグラムは、全世界である程度統一されたデザインとなっている。
タイ:優先トイレのピクトグラム
車いす・お年寄り・妊産婦のサインを3つ並べた、タイの優先トイレのピクトグラム。タイは公衆トイレでも有料の場合が多く、この案内は「上記に当てはまる人はトイレを無料で使用できる」という内容のサインだ。
フランス:サイクリングレーンのピクトグラム
パリの道路にペイントされている、自転車優先のサイクリングレーンのピクトグラム。流れるような線がスタイリッシュなデザインだ。パリ市では自転車利用を推進する計画が行われており、街の至る所でこのピクトグラムを目にすることができる。
イギリス:深海注意のピクトグラム
この見慣れないサインは、イギリスのランカシャーで使用されている「深海(deep water)注意」のピクトグラム。岸から飛び込むには危険な地域で使用されており、イギリスには他にも様々なデザインの「深海注意」サインが存在する。
ハワイ:ファミリートイレのピクトグラム
ハワイのビーチで使用されている、ファミリー向けトイレのピクトグラフ。ハワイでは、大きめの個室におむつ替え台を付けた「ファミリートイレ」が多く設置されている。このサインは、ファミリートイレのピクトグラムに水着を着せた、ハワイらしい個性的なデザインだ。
2020年 東京五輪に向けたピクトグラムの変化
出典:www.pinterest.com 現在日本では、2020年の東京オリンピックに向けてピクトグラムの改訂作業が行われている。日本工業規格(JIS)原案作成委員会が今年7月に行われ、「無線LAN」やムスリム(イスラム教徒)向けの「祈祷室(Prayer Room)」といった新たなピクトグラムの作成が検討されている。
また「インフォメーションセンター」「切符売り場」などの既存のピクトグラムも、国際基準と異なるデザインが日本国内で使用されているため、2020年に向けて作り直しが行われる予定だ。
様々な国から訪れる外国人への、文字を使わない「おもてなし」として生み出されたピクトグラム。2020年の東京オリンピックではどのようなアイディアやデザインが生まれるのか、今後も注目していきたい。
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