1. シャウトする免疫研究者、井上浄:父の一言、バンドでの出会い、数多の偶然に導かれた「数奇な人生」

シャウトする免疫研究者、井上浄:父の一言、バンドでの出会い、数多の偶然に導かれた「数奇な人生」

 株式会社リバネス・取締役副社長 CTO、慶應義塾大学先端生命学研究所・特任准教授、井上浄(じょう)。山形に拠点を置き、日々免疫の研究に明け暮れている。研究者とは往々にして気難しく、堅苦しいイメージを持たれがちだが、彼はその正反対だ。

 快活で、ユーモラス。最新の研究内容について素人に分かりやすく説明出来るほど口も立つ。その理由は彼が研究者としての道を歩むきっかけにあった。数多の「たまたま」が、彼を免疫研究の世界へと導いた。今回はそんな奇跡とも称せる数奇な偶然が生んだ、一人の研究者・井上浄に取材を試みた。

井上浄 プロフィール

いのうえ・じょう/免疫研究者/株式会社リバネス取締役副社長CTO/慶應義塾大学特任准教授/博士(薬学)/薬剤師。 
1977年、群馬県生まれ。東京薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了。リバネス創業メンバーのひとり。大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立し、博士過程を修了後、北里大学理学部生物科学科助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教を経て、2015年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授に就任・兼務。自らも研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等を進める。株式会社メタジェンの立ち上げや、大学から生まれる技術のビジネス化をサポートしている。著書には、『抗体物語』(リバネス出版)がある。 

本当は研究者になんてなりたくなかった。同じく研究者の父からの一言。

――そもそも免疫研究者ってなんですか?

井上:それは難しい質問ですね(笑)。例えば、免疫不全という状態をご存知ですか?  菌やウイルスがいないところで生活しなくてはならないような状態のことです。つまり外敵から体を守っている免疫系が働いていないんですね。

だからクリーンな場所でしか生活できない。我々は無数の菌やウイルスが飛び交っているなかで暮らしているので、免疫がないと、菌やウイルスに感染しやすくなってしまい、例えば身体にカビが生えてきてしまったりするんですね。そうならないために、生物として存在するために元々ある能力が免疫です。

一般の方にはあまり馴染みがないかもしれませんが、なくなって初めてその重要性に気づくと思います。そういった「健康に生きるために必要不可欠な能力」について研究しています。

――研究者の道を歩むことになったきっかけはなんですか?

井上:父親も研究者だったんです。脳外科医で、脳の研究をしていた。小さい時分から父の仕事を間近で見ていた僕は、忙しそうだし、週に何度かしか顔を合わせられないし、そんな生活は嫌だなと考えていました。

でも姉が理系の大学に進学した時、父と研究の話をしているのを見て羨ましかった。すごく活き活きと話に夢中になっていたんです。そんなある日突然、父親に「一緒に研究が出来るといいなー」と誘っていたのか何なのかは未だに分かりませんが、その言葉に背中を押されて理系の大学に入学しました。あんな生活になるのは本当に嫌だったんですけどね(笑)。それが研究者の道へ進んだきっかけですね。

雨降って地固まる。不合格から見えて来た新たな可能性「免疫学」。

――それでは、どうして免疫について研究しようと考えたんですか?

井上:大学に入学したての頃は、もちろん脳の研究をしようと考えていました。そのために脳の研究をしている研究室を志望したのですが、そこはとても人気があって、成績がよくないと入れなかった。僕はバカだったので成績で切られてしまったんです(笑)。

それで第二志望で入った先が、薬剤学の研究室でした。ドラッグデリバリー(普通に投与すると副作用があるけれど、例えばあるカプセルに入れて、がん細胞だけに機能させたりするような)研究を始めたんです。その時も、大学院こそ脳の研究をしているところへ行こうと(笑)。

そこでたまたま僕のついた先生が免疫をやっていた先生で、ワクチンの研究をしていた。仕方なく僕もワクチンの研究を始めたわけですが、やって見るとめちゃくちゃ楽しかった(笑)。すぐにのめり込んでしまいました。研究とは、今までにないことを証明していく作業なんです。

世界初のデータが自分の手で、目の前で明らかになる。世界初の実験を自分で行い、自分で答えを導き出す。それに魅了されてしまったわけですね。それがきっかけで免疫の道に進みました。免疫にハマったというよりは、「世界初」にハマったというイメージですね。その時出会った先生の研究領域が免疫でなければ、今は免疫をやっていないかもしれないですね……。

同時に、父親が研究にのめり込 んだ理由も分かりました(笑)。そんな父親との共同研究も出来ましたし、今やあの時の父親と同じような生活をしている訳です……。

ACIDMANやBEAT CRUSADERSと対バンしていた学生時代、デビュー直前でなぜ研究の道を選んだのか。

――いきなり免疫にハマったのですか!? 元々何かにのめり込みやすい性格でしたか?

井上:学生の頃はバンド活動に情熱を注いでいました。そんなことをやっているから勉強が出来なかったわけなんですが(笑)。高校の頃から仲間内でバンドを組んでいて、全員大学生になってからも続けていました。下北沢にあるライブハウス「ガレージ」や「屋根裏」で演奏していました。

しかも、その活動がデビュー間近まで進行していたんですよ! ACIDMANやBEAT CRUSADERSと対バンもしていて、その頃はバンドでやっていこうという気持ちも大きかったです。

しかし、他のメンバーも大学生でした。それも東大生や有名私学、そして医者のたまごで、みんな超頭が良かったんです。それで現実的に解散する運びになってしまいましたね。僕が大学三年生の頃です。それまではひたすらバンド活動に熱中していたなぁ。

――ちょうどその少し後に、リバネスという大学での研究を支援する会社を立ち上げていらっしゃいますが、どんな経緯があったのですか?

井上:これも不思議なもので、リバネス代表の丸とは、大学の軽音楽部で知り合ったんです。初めの頃は同じバンドで活動していたわけではありませんが、同じ部活に所属していました。丸は大学一年生で入部したその日から、新入部員を率いていました。その頃からまさに社長っぽい雰囲気でしたね(笑)。

面倒くさそうだし、僕はそのグループには関わっていなかった。学年が上がり我々の代になった時、どちらかが部長、と先輩方からのお達しが。その頃には一緒にバンドを組んでいて、なぜか分からないけど、不思議と会話なしに意思疎通が出来るという状態でした。変な関係じゃないっすよ(笑)。

おそらく育ってきた環境が似ていたからかもしれません。そして話し合うこともなく、丸が部長、僕が文化部門長(文化系部活の統括)というタッグで軽音部が繁栄しました(笑)。考えてみるとあの頃から妙なコンビ関係で経営をしていたのかもしれません。

卒業後、僕はそのまま大学院に進んで、丸は東京大学の大学院へ入学しました。しかし、修士一年生の頃にたまたま再会したんです。軽音楽部の集まりでした。その当時の僕はやりたい研究を提案しては、駄目だと否定され続ける日々でした。自分のやりたいことができない状況にジレンマを覚えていた。

やりたい研究を実現するためには、自分で研究室、研究所を持たないといけないことが分かったんです。ちょうどその頃、丸はすでに動き出していて、理系学生がビジネスを考える会などで活動していました。

研究を通じて世界を変えたいと。自分たちの研究所を作ろう、思いは一致していました。自分の好きな研究がしたい、ワクワク感をずっと維持させたいというのが、僕が会社を設立した大きな理由の一つですね。

斬新過ぎてお蔵入りしてしまった研究「貼るワクチン」とは?

――その「やりたかった研究」とはなんですか?

井上:「貼るワクチン」について研究していました。注射に恐怖心を抱いている人って意外と多いんですよね。なるべく患者の負担を減らしたいという気持ちもありましたが、それだけが研究の目的ではありませんでした。

注射器を打つことが出来るのは資格を持つお医者さんだけなのに対し、貼るワクチンが実用化すれば、自分でワクチンを接種出来るようになるんです。さらに、アレルギーを制御できるのではないかという憶測もありました。皮膚には角質があって、バリア機能がすごく高い。傷口がない限り、病原菌は入っていきません。

そこからワクチンを入れたときに何が起こるのか。皮膚から強引に異物を入れると、アレルギー反応に似た反応が起こるんです。当時、原因は詳しく分かっていませんでしたが、アトピー等はもしかするとそういった作用が原因かもしれないなと。貼るワクチンの研究を進めることで、アレルギーがうまく制御できるのではないかとの考えもありました。

以上の3点を考えて研究に没頭していましたが、10年以上も前の話です、当時は誰も注目してくれなくて、駄目だった(笑)。しかし現在では、マイクロニードルという、、皮膚のバリアになっている角質層は通過するけど、神経に届くほど長くない針の開発が進んでいます。つまり超短くて痛くないけど、きちんと薬が届く針です。

例えばその針をシートに張り巡らせて、先端にワクチンの液を塗っておけば……!  その針自身をワクチン成分で作れれば……! なんていう発想になりますよね。実はこの針、多くの研究者が研究していて現実になる日も近そうです。最近になってとても注目され始めているんです。


「これからはそういったワクチンが主流になる可能性もあります」 

 最後にそう呟いた井上の目は深く澄んで、輝いていた。決して自らの不遇を恨むような素振りはなく、強く未来を見据えていた。我々が当然のように利用するワクチン。

 人々の健康と幸せな生活の裏側には、井上のような研究者のたゆまぬ努力と、情熱が注ぎ込まれている。もしかすると、井上はそんな人類の幸福のために、研究者の道を進むべく選ばれた人間なのかもしれない。今後もそんな天命を全うする、井上浄の活躍から目が離せない。

Interview/Text: 倉持ゆうり
Photo: 栗原 洋平

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