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「オバマ米大統領による広島訪問」を考える。:“あり得ない出来事”が示した進むべき世界とは?

Shotaro Hayashi

2016/06/20(最終更新日:2016/06/20)


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出典:www.youtube.com
 日本時間の2016年5月27日、現職米大統領として初めて、オバマ米大統領は“被曝地”広島を訪れた。実に1945年の終戦から71年目のことである。15年戦争末期の1945年8月6日午前8時15分、アメリカ軍は日本の広島に対して原子力爆弾(以下「原爆」と示す)を投下した。それ以来、唯一の原爆使用国であるアメリカでは、現職大統領の被爆地訪問は大きなタブーだとされてきた。

 アメリカの現職大統領が被爆地を訪問することは、潜在的にどのような意味を持つのか。また、なぜタブーとされてきたのか。そして終戦71年目の今年、オバマ米大統領が広島を訪問したことはどのような意味を持つのか――。賛否両論あるが、今回は歴史的事実をもとに、今後人類が目指すべき世界において、オバマ米大統領による広島訪問が持つ意味を考察したい。

オバマ大統領の広島訪問は“謝罪”だったのか。

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by jpellgen
 71年もの間、米大統領による広島訪問は実現しなかった。それは先述したように、アメリカでは現職大統領の被爆地訪問は大きなタブーだとされてきたからだ。アメリカでは現在でも「原爆の投下は、その後の日本本土上陸作戦で失われていたであろう多くの米兵の命を救った」という論が大きな支持を集めている。すなわち、アメリカの社会において原爆の投下を否定するような“謝罪”は、絶対に許されないのだ。現職大統領による広島訪問はどんな形であれ“謝罪”だと受け止められるため、これまでは「あり得ない出来事」であった。

 では、オバマ大統領の広島訪問は原爆投下を“謝罪”するものだったのか。オバマ大統領が広島を訪問した2週間後の5月10日、ホワイトハウスは公式に“謝罪ではない”ことを表明した。国家安全保障担当のローズ大統領補佐官はブログで「オバマ氏が、第2次世界大戦末期の原爆使用決定を、再び取り上げることはない。代わりに、われわれが共有する未来に焦点を当てた、前向きなビジョンを示す」と述べた。それは、今回のオバマ大統領による広島訪問は、「謝罪よりも、世界の核兵器撤廃に向けた前進」を望むものであったことを意味していた。

オバマ大統領は広島に対する“謝罪”を望まれていたのか。

 オバマ大統領による広島訪問は、“謝罪”ではなかったことが公式に発表された。では、今回のオバマ大統領の広島訪問は「意味のない」ものだったのか。そもそも日本は、オバマ大統領の広島訪問に“謝罪”を望んでいたのだろうか。

 地元メディアである「広島テレビ」のキャンペーンである「オバマへの手紙」は、広島市民からオバマ大統領に送るメッセージを集めるものだった。集まったメッセージの中には、“謝罪”を求めるものや“恨み”を表すものは一通もなかった。メッセージの多くは、「一度広島を訪れてほしい。核廃絶の未来へ一歩踏み出したい」というものであった。広島テレビ社長の三山秀昭氏は、2014年5月にホワイトハウスを訪ねた際「広島市民は心から大統領の広島訪問を待っています。謝罪ではなく、広島の地から、核廃絶への祈りを発して欲しいのです」とその心中を語った。さらに、被爆米兵を調査してきた被爆者である森重昭氏は「私たちは大統領に謝罪を求めているわけではありません」と表明した。

 オバマ米大統領は、2009年4月5日にチェコ、プラハで「核廃絶」を掲げた「プラハ演説」を行い、ノーベル平和賞を受賞している。そんな“これまでの大統領とは違う米大統領”に、広島という地から「核の廃絶」を誓って欲しかったのだ。実際に、安部首相は10日の夜、「オバマ大統領が広島を訪問し、そして被爆の実相に触れ、その思いを世界に発信することは、核兵器のない世界に向けて大きな力になる」と記者団に語った。

オバマ米大統領は広島で何を語ったのか。


 オバマ大統領は広島を訪れた際、実に18分にもおよぶスピーチを披露した。もちろん、“謝罪”の言葉はなかった。オバマ大統領の広島でのスピーチは「プラハ演説」と同じ、「核廃絶」を訴える内容であった。

オバマ大統領はスピーチの間、一度足りとも“被害者-加害者”という構図を語っていない。第1文「71年前、雲一つない明るい朝、死が空から降って来て、世界が変わってしまいました」。誰が誰に対して何をしたのかさえ言及せず、実に抽象的に原爆の投下を描き出した。オバマ大統領は二国間の問題ではなく、他の国も巻き込んだ「世界」というフレームで、戦争の悲惨さを語ったのだ。

 「一筋の閃光と火柱が街を破壊し、そして人類は自分たちを破壊する手段を持つに至ったのです」。この一文からも、“破壊する手段”を手に入れた主語はアメリカだけではなく、他国も含めた“人類”なのだと、あくまで「核廃絶」を訴えるスピーチであることを印象付けた。それと同時に、今日において核問題は国家単位ではなく、“人類”で取り組んでいかなければならないことも強調した。

 「すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは“一つの家族の一部である”という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です」。オバマ米大統領は、スピーチが終わりに差し掛かった時、このように語った。世界は一つの家族として、手と手を取り合って「核廃絶」の未来へ取り組んで行かなければならない。これこそが、オバマ大統領が広島を訪れた目的なのだと。

 このオバマ大統領のスピーチは、世界中で高い評価を得た。アメリカの現職大統領が広島という“被爆地”でこのようなスピーチを行ったことは、“核なき世界”への大きな希望であると誰もが思ったに違いない。このスピーチ全てがオバマ米大統領の“本音”であってほしいものだ。

オバマ大統領の広島での発言と行動から見る“矛盾”

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by The U.S. Army
 「核廃絶」を訴えたオバマ大統領であったが、その背後には常に「黒いフットボール」を抱えた軍事補佐官がいた。「黒いフットボール」とは、この世で最も重要な極秘情報とされる「核攻撃の指令コード」が収められたブリーフケースである。大統領が国内不在中にアメリカが大規模な軍事攻撃を受けた場合であっても、軍の最高司令官である大統領が核兵器の使用を決行できるよう、中には核兵器発射を承認する秘密コード、核兵器に関する文書などが収められている。

 広島で「核廃絶」に向けた演説を行っている際も、背後には常に「核を使用する準備」が整っていたのだ。2016年3月の段階で、アメリカはおよそ6,970発の核兵器を保有している。これはロシアの7,300発に次ぐ2位の数値で、3位であるフランスの300発からは大幅に数の飛躍がある。アメリカは言わずと知れた世界トップクラスの核保有国なのである。

 オバマ大統領はスピーチ中でこんなことも語った。「私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません」「核廃絶」は、私の生きている間には実現しないかもしれない。アメリカの大統領としては少々消極的な、「核廃絶」のスピーチでノーベル平和賞をとったとはとても思えないような発言である。

 もし、アメリカがいきなり核兵器の数を減らし、軍縮に乗り出した場合、世界の勢力均衡は崩れ、そこにできた「力の真空」が戦争を引き起こす可能性が高い。アメリカという国家のみで「核廃絶」を唱えることはできないだろう。しかし、世界トップクラスの核保有量を誇る国のトップとして、積極的に「核廃絶」を実現していく姿勢を示して欲しかったものである。

オバマ大統領の広島訪問から考える“未来”のかたち

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by Hansel and Regrettal
 これまで見てきたように、オバマ米現職大統領が“被爆地”である広島を訪問し、「核廃絶」に向けて演説を行ったことは、日本だけでなく、世界的に意味のあることであっただろう。多くの被災された方々を勇気付け、未来に希望を与えたに違いない。

 事実、アメリカとロシアを筆頭に、世界中で核兵器を保有する国における核兵器数は年々減少しつつある。冷戦期、核兵器による勢力均衡が働き、世界大戦が起こることはなかった事実はあるものの、核兵器は「百害あって一利なし」。人類が決して有していてはいけない兵器である。このオバマ大統領の広島訪問と演説が、未来の「核廃絶」が実現した世界に向けて、大きな転換となって欲しいものである。


 核を保有していない日本という国が「核廃絶」に関わることはできないのか。もちろんそんなことはない。日本という国が71年間崇高に守り続けている“平和”を維持していかなければならない。また、唯一の被爆国として、原爆の悲惨さを後の世代へ、また国家を超えた人類全土に伝えていく義務がある。

 過去の戦争の悲惨さや平和な未来を考え、追い求めていく義務を負っているのはなにも国の指導者だけではない。私たち一人ひとりがまず、歴史を理解し、現実を理解し、理想の未来に関して思考を巡らせる必要がある。「平和な未来は“人類”全土で築きあげていかなければならない」。オバマ大統領の広島での言葉には私たち一人ひとりも含まれている。自分には関係のないことだと言わず、まず一度、オバマ大統領の立った、広島の地を訪れてみてはいかがだろうか。

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