1. 日本で唯一の“照明デザイナー”が語る「光に包まれる」感覚とは

日本で唯一の“照明デザイナー”が語る「光に包まれる」感覚とは

 世界的な建築家と数多くのプロジェクトを作りあげてきた、照明デザイナー 岡安泉氏。商業施設・公共施設の照明デザインから、照明器具の設計、世界一の家具見本市ミラノサローネでのインスタレーションなど、岡安氏が生みだす「光」の空間は多岐にわたる。

 「そもそもデザインに興味がなかった」という岡安氏。 どうして照明デザイナーになったのか? デザイナーとは? 光とは? 私たちのまわりに溢れる、目に見えない「光」の魅力について伺った。

岡安 泉 プロフィール

おかやす・いずみ/照明デザイナー 
1972年神奈川県生まれ。1994年日本大学農獣医学部卒業後、生物系特定産業技術研究推進機構に勤務、1999年より2007年まで照明器具メーカー勤務のほか、2003年super robutで活動開始、2005年ismi design office設立。2007年岡安泉照明設計事務所に改称。
建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど光にまつわるすべてのデザインを国内外問わずおこなっている。 
これまで青木淳「白い教会」、伊東豊雄「generative order-伊東豊雄展」、隈研吾「浅草文化観光センター」、山本理顕「ナミックステクノコア」などの照明計画を手掛けるほかミラノサローネなどの展示会において多くのインスタレーションを手掛けている。

表参道原宿にある東急プラザや、ハイアットリージェンシー大阪の白い教会の照明も手がけている岡安泉さん。

————最近では、隈研吾さん建築のTOYAMAキラリの照明をデザインされていましたね?

岡安  2015年の8月に富山県にオープンした図書館と美術館の複合施設ですね。僕の仕事は、博物館や美術館の公共施設の割合が多いんですよ。商業施設や展示会やインスタレーションもありますが。

————公共施設の照明デザインは、どうやって作っていくんですか?

岡安  最初にプログラムの要望だけ存在しますね。富山市ガラス美術館の場合だと、図書館と美術館を入れるということがあらかじめ決まっていました。そういったプログラムに、施設の管理面も踏まえながらデザインします。

例えば、電球が盗まれないように固定しなきゃいけないとか、年配の方や視覚障害の方のために段差や暗がりを無くすとか、設備として大丈夫な環境をつくらなきゃいけない。…そんなことも踏まえながら、建築家や僕らが予算の範囲内で作っていくんですよ。

————デザインする時のアイデアはどうやって考えるんですか?

岡安  たとえば住宅の照明をデザインするとして、施主が教師だったとします。その人が家にいる時間は何時くらいが多くて、その時間のうち、書斎で集中している時間がいつで、くつろぐ時間がいつで……といった事をヒアリングしたり、想像していく。

さらに、建物はすべて条件が違いますから、建っている場所や、角度や、見える景色を踏まえながら、図面を見て自分の頭の中で三次元を立ち上げていく。アイデアの元になるようなインスピレーションはあんまり必要ないんですよ。その人の重要な時間を一番心地よく過ごせる環境を作ってあげることが、僕のやるべき事ですから。

————それがデザインの役割?

岡安  そうですね。僕らの仕事はアートじゃなく、どこまでいってもデザインなので、相手に喜んでもらうことがすべてです。雑誌であるような「ここに間接照明を置くと素敵ですよね」みたいなのは、カッコいいかもしれないけど、たぶんデザインではなくてコーディネートの世界なんでしょうね。僕がやっていることは、それとはだいぶかけ離れている。

書斎で集中できる光環境を作ろうとしたら、それほどカッコよくない普通の部屋ができるかもしれない。けれど、その普通の空間自体がデザインされたものなんです。もちろん結果的にビジュアルのカッコよさは大事なんですけど、最初からそこを目指してはいない。それよりも、相手に満足してもらうことがデザインだと思っています。

————喜んでもらうためにどうやってデザインをしていくんですか?要望を聞いたりするんでしょうか?

岡安  それが不思議なことに、要望を聞くのはあまり重要じゃないんですよ。聞き込みすぎると、ただの御用聞きになっちゃう。聞けば聞くほど相手もまじめに考えて「ここにはこういう形のスタンドがいいです」とか「こういう光の色で」とか具体的に言い始めちゃうんですよ。そうすると、これまでに経験したことのある状態になってしまう。

でも僕がお金をいただいてデザインする以上、普通のものじゃ許されない。わざわざ変なもの作る必要はないんですけどね。住宅だとしたら人生に一度あるかどうかということで僕にデザインを頼んだのに、どこかのホームセンターで売ってる照明器具がただ並んでたら落ち込むでしょ。

だからその思いに応えて、「お金を出して特別なことを頼んで良かったな」と思えるための何かを用意してあげなきゃいけないですよね。だから相手の要望を聞き出して合わせるのではなく、「そういう要求であれば、こうしたらもっと気持ち良くなるかもしれないですね」と提案する。工期と予算の中でできる最大限の案を説明します。 
————相手の要望や環境に対して最善の提案をするのが、照明デザイナーとしてのお仕事なんですね。

岡安  スタンドを作ったり、ランプシェードをデザインしたりもするんですけどね。でも、それって全体のほんのわずかな行為でしかない。 そもそも光がなぜ必要かって、明るさや安全性をちゃんと確保することが一番の照明の役割ですよね。デザインではなく、光の持つ役割です。 

だから明るくて安全であるという最低限の条件は必ず満たさなければいけない。その上で、依頼してきた方それぞれの要望……たとえば、他と違うものが欲しいとか、単純にカッコイイものが欲しいとか、カッコよくなくていいから便利で使い勝手がいい状況を作ってほしいとか、そのモチベーションに応じて喜んでもらえるものを何でも作ろうとしているんですよ。 

だから僕には作風が存在しないってよく言われちゃうんですけど、自分の味を出そうという気持ちは全くないんですよね。

———岡安さんのご自宅の照明にも、作風や好みは反映されているんですか?

岡安  僕の家の照明は、引っ越した時にくっついていたままなんです。たぶん、自分にあまり興味がないんですよ。人のやることには興味があるんですけどね。自分のことだと、服装も適当だし。でもそれだとプレゼンするような時には駄目だとわかっていて、やっと最近Tシャツと半ズボンでは外を出歩かないと決めました(笑) 

そんな感じなので、うちの子供は僕が照明デザイナーだということを正しく認識できていないんです。小さな頃は、お父さんは電気屋さんだと思われていました(笑)

デザインに、興味も憧れもなかった

————照明の仕事につこうと思っていたわけではないそうですが?

岡安  ないですよ。そもそも将来なりたいものがなかったんです。学生の頃は、自分がおっさんになることもイメージできかくて、若いままどっかでうまいこと死ぬんじゃないかなくらいに思ってました。 

————そうなんですか(笑)  誰かに憧れたこともなかったんですか?

岡安  ない……あ、でも宗方仁は憧れたかな。「エースをねらえ」のコーチですね。

————すごい所に憧れましたね(笑)

岡安  宗方仁って27歳で死ぬんですけど、最期に「他人の80歳の人生に劣らない人生を僕は送った」……みたいな事を言うんですよ。なんだそれ、カッコ良過ぎるぞ、27歳のくせにそんなことを言える人間って本当にいるのか、みたいな(笑)  まぁ、空想の世界ですけど、憧れたっていうのはそれぐらいですね。

————では、なぜ農業工学科に入ったんですか?

岡安  僕、もともと理系ですらなかったんですよ。高校まで文系の日本史クラスでしたしね。でも大学付属高校で、僕の成績で行ける学部に文系がないという絶望的な状況だったので、農業工学科に入ったんですよ。 

農業も機械工学もそれまでは全く興味なかったんだけどやらざるを得なくなって、でも実際に図面引いて設計してみたら面白くて夢中になっていましたね。 

————大学で工学を学んだり、その後照明器具メーカーで働いていたことは、今の岡安さんの強みになっていますか?

岡安  強烈に強みですよ。照明デザイナーで照明器具を設計できる人は、あまりいないんじゃないかな。デザイン画を描くことはみんなできると思いますけど、その先の実物の図面を書いて設計できる人っていないと思うんですよ。 

たぶん他の人は、デザイン画をメーカーに渡して作ってみて、安全試験をやったら駄目だった……なんてことを繰り返しながら、シャンデリア1個を作ったりしてるんじゃないかなあ。 

でも設計ができると実現可能なものが事前にわかるし、欲しい光は自分で作っちゃえばいい。今はまだ存在していない光の広がり方や、明るさ、市販器具に頼らず自分で作れるんです。あまり妥協しなくていいから、結果的には既存の照明とは全然違うものになりますよね。 

「光」を体感できたら、驚くほど素敵で幸せなんだろうなあ

————インスタレーションでは、水を使った作品が多いですね 

岡安  たぶん、流体を扱うのが好きなんですよね。水や煙や風などの、実態が掴めないものを使うのが好きです。 

というのも、僕は職業柄、自分のいる場所が大体何ルクスかというのを天井の照明を見て頭のなかで計算しちゃうんですよ。でも水に関しては、僕がその感覚を掴めていない。水や煙は全然理解できない世界なので、興味があるんでしょうね。 

だからミラノサローネ(世界最大級の家具見本市)では、水のなかに光を入れたインスタレーションをやったんです。手に持っていたアクリルが、水にいれた瞬間に光りだす。手の中にぽっと光が集まるような感覚ってすごく面白いですよ。子供たちが光るアクリルだと思って盗んでいくんです、ただのアクリルなのに(笑)  

————でもインスタレーションはいずれ消えてしまいますよね。 残したいとは思わないんですか?

岡安  作品を残したいという意識は全然無いんです。それよりもインスタレーションは、やったことがないことに挑戦できるので楽しいですよ。 

照明器具だと2万時間ぐらいもたなきゃいけないんだけど、インスタレーションなら長くもたせる必要は無い。ミラノサローネであれば1週間もてばいいんです。そうすると、ものすごくハイパワーだけど短時間で切れちゃうような電球でスポットライトを作ったりすることができるんです。 

「そのインスタレーションを20年もたせて下さい」と言われたら同じことはできないですが、定められた期間でやりきって満足です。むしろできあがった時より、どうやってやろうかなと考えてる時が好き」なんですよね。 

————作るよりも、考えている段階が好き?

岡安  そうそう。機械工学もそうだけど、実際に工事が始まるまでの動いたり光ったりするための仕組みを作っていることが楽しいんです。 

たとえば「こういう空間を作ろう」という建築家のお題があったとする。じゃあ、窓の大きさや角度がこうだから、だいたい太陽の光がこう入ってきて……と想像しながら、こういう空間の使われ方をするんだから、そのためにはこんな照明があるといいな、っていう全体を組む。そういう全体の構成を考えているところまでが一番楽しいですよね。

————光の魅力って何ですか?

岡安  「コップを持ったらこのくらいの重さだろうな」というふうに、気配と体感と経験値で知っているものってあるじゃないですか。でも光に関しては、当たり前すぎて認識していない。感覚として学べていないから、光ってすごく不思議ですよ。 

もしこの場のすべてが止まったとしたら、多分すごい小さな粒子の集合体として空間が存在していて、その中にはかなりの量の光の粒子が存在している。そんな「光」のボリュームみたいなものを気配で感じられたら、驚くほど素敵なんじゃないかとか、常々なんとなく思っているんですよ。

————光の質感を、体感する……みたいな?

岡安  そう。たとえば『星の王子様』が砂漠に降りたった時の情景って、たぶん、月と砂漠だけの夜ですよね。そうすると、砂漠の砂にはケイ素や透明な石がいっぱい入っているから、何もない状況で月明かりに照らされると、砂がすごくキラキラしてるんじゃないかなあと思うんですよ。そういう光の情景って驚くほど綺麗なんだろうって、漠然と感じています。 

あるいは、僕は中原中也がとても好きなんですけど、彼は『一つのメルヘン』という詩のなかでで大きな時間軸の流れを説明する時に、サラサラという擬音とともに「光」という言葉を使うんですね。サラサラと感じられるような光って実際にありそうだし、感じる事ができそうな気もする。それを見たことは無いんだけど、すごく素敵な状態なんじゃないかな。

————「光」は見えないし触れないけど、感覚として感じられたら素敵だな……と。

岡安  湿度があるようなイメージなんです。夜の街灯って、少し湿度でふわっとするでしょう? たぶんああいうものが、本来は目に見えない状態で僕らの周りにいっぱいあるはずなんですよ。太陽の日差しだってそうです。そういう質量を感じる光みたいなものがどこかにあって、抽出できるかもしれない。 

そんなふうに、実際は空間の中に充満しているのに見えていないものがちゃんと認識できたり体感できるような光の在り方ができると、そこにいることがすごく楽しいし、幸せになれるだろうなあ。


 その場で岡安氏は、”球体の光”をつくりだしてくれた。 反射を利用してテーブルの上に浮かぶ球体は、触っているはずなのに感触がなく、でも確実に目の前に存在する……不思議な感覚。 

 わたしたちは、光についてどれほど知って、感じているんだろう。 ぜひ一度、岡安氏のつくりだす光の世界に包まれてみたい。

Interview/Text: 河野 桃子
Photo: 森弘 克彦

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