1. 「史上初のミシュラン1つ星ラーメン店」蔦の店主・大西祐貴が語る、世界に通用するラーメンとは

「史上初のミシュラン1つ星ラーメン店」蔦の店主・大西祐貴が語る、世界に通用するラーメンとは

by aotaro
 ラーメンといえば、カレーに並ぶ「日本の国民食」として、日本人の口に慣れ親しんだものだろう。しかし、様々なジャンルの絶品料理を載せているミシュランガイドに、最近までラーメン店は載せられたことがなかったのだ。ミシュランといえば、覆面調査員が料理店を客として訪れ、評価をつけることで大きな影響力を持つグルメ雑誌だが、日本全国に約3万軒もあるラーメン店が1つも載っていないことは驚きだ。

 しかし、ミシュラン史上初、1つ星を獲得したラーメン店がある。東京の巣鴨に店を構えるJapanese Soba Noodles蔦である。店名に「そば」とあるが、これは店主・大西祐貴が世界に通用するラーメンを目指す表れである。ラーメンは中華そばと呼ばれるが、大西祐貴はその既存のイメージを変えるという野望も持っている。

 今回は、1月24日(日)放送予定の『情熱大陸』に合わせて、ミシュラン史上初の1つ星ラーメン店・蔦がどのようなラーメン店なのか、また店主・大西祐貴の持つ夢と野望に迫っていこうと思う。

世界を目指すラーメン店、Japanese Soba Noodles蔦とは

 営業時間:11:00~16:00(材料がなくなり次第終了)
 定休日:水曜日
 席数:カウンター9席
 所在地:東京都豊島区巣鴨1-14-1
 料金:醤油そば 850円

 営業開始前から終了時まで2時間待ちの行列が絶えることがない蔦は、巣鴨駅より徒歩1分の好立地に店を構える。客足絶えぬ蔦は、2号店「蔦の葉」を同じく東京の巣鴨にオープンした。しかし、Japanese Soba Noodles蔦と同じく、長蛇の列が毎日のように蔦の葉の前にできてしまい、蔦の店主・大西祐貴のもとに毎日のように苦情の電話が殺到した。

 蔦の店主・大西祐貴は様々な策を講じ、改善を目指したが、苦情の勢いは留まることなく、2015年内をもって、蔦の葉は閉店することとなってしまった。苦情以外にも人手不足などの問題もあったが、無念の結果となった。多くの客が蔦のラーメンを食べてもらうことは蔦の店主・大西祐貴も嬉しい限りだが、閉店に追い込まれる結果となっては複雑な心境だろう。それほど人気である蔦のラーメンとはどのようなものなのだろうか。

世界一の絶品ラーメン店、蔦が誇る至極のラーメンとは

 蔦の定番メニューである「醤油ラーメン」のスープは、和歌山県杉浦の二年熟成生揚げ醤油をメインとする3種類の醤油ダレに、青森シャモロックの清湯に浅蜊や真昆布などの魚介と野菜を合わせたものをじっくり抽出したものだ。麺は国産小麦100%の自家製麺で、トリュフを使ったソースやオイルを入れた至極の一品だ。

 醤油そば 850円

 蔦の店主・大西祐貴こだわりの沖縄の海塩と内モンゴルの岩塩をブレンドしたものに、たっぷりの浅利や真鯛などの海産物の旨味を含んだスープは絶品。醤油そばと同じく、イタリア産最高級白トリュフオイルを入れて、ドライトマトを合わせることで、さらに海産物の旨味を引き出した一品だ。

 塩そば 850円

 麺をすすった後、芳醇な風味を楽しませてくれるトリュフが醤油そばにも塩そばにも入っているが、これが蔦の強みであり、大西祐貴のこだわりである。大西祐貴が作ったラーメンを世界に通用させるためには、世界の食文化にも合ったラーメンを作らなければならない。そのカギとなるのが、トリュフだったのだ。他にも2種類のチャーシューなど、蔦のラーメンには大西祐貴の多くのこだわりが詰まっている。

 多くの素材が使われる蔦のラーメンだが、どれも無駄がない。様々な出汁をとったスープも多くの具材が使われているにも関わらず、透明度の高いコクのあるスープとなっている。大西祐貴の作り出した渾身のラーメンを食べるために、蔦に足を運んでみてはいかがだろうか。

アパレル企業から転職、蔦の店主・大西祐貴のこだわりとは

ラーメン=中華そばという既成のイメージを変えたいんです。

ラーメンも日本のそばのひとつ。

ラーメンと日本そばのカテゴリーをなくしたいというのが、僕が目指していることです

出典:大西祐貴
 超人気ラーメン店「蔦」の店主・大西祐貴は、1979年に名店として知られるラーメン店「七重の味の店 めじろ」の店主の次男として生まれた。高校卒業後、5年間、父の下でラーメンの修行をするが、元々興味があったアパレル企業へ就職した。ちなみに、長男の大西芳実は「麺やBar渦@神奈川県・本鵠沼」の店主をしている。つまり、大西祐貴だけが家族とは違う道へ進んだのだ。

 アパレル企業のバイヤーとして、欧州を頻繁に訪れた大西祐貴は日本と欧州の食文化の違いを目の当たりにした。食文化の違いを目の当たりにしたことが、大西祐貴のラーメン魂を目覚めさせることなった。

海外に行ったことで、日本の食文化の素晴らしさを再認識しました。
世界に通用する日本の食文化って、何だろうと考えたとき、
やはりそれはラーメンしかないと思いましたね

出典:大西祐貴
 大西祐貴はアパレル企業を5年で辞めて、再び父の下で3年間ラーメン修行をした。そして、2012年1月、独立して「Japanese Soba Noodles蔦」をオープンすることとなった。

夢あふれる魅力的な仕事。
毎日同じことしてることはない。
同じことしている人はずっとそのまま。
言われた事しか出来ないならプロじゃないと思う。

出典:大西祐貴
 大西祐貴が蔦をオープンする頃、大西祐貴は自身のブログでラーメン屋について上のように語っている。実際、蔦のラーメンの味は日々進化しており、それがリピーターを生む1つの大きな魅力となっている。大西祐貴は世界に通用するラーメンを作るために、味の試行錯誤を毎日のようにしている。納得いく味になった時点で、ブログに情報を載せている。

そして、2015年12月、大西祐貴がラーメンに込めてきた想いが実を結ぶこととなった。蔦がラーメン店史上初のミシュランの1つ星獲得したのである。都内ホテルで行われたミシュラン発表会で大西祐貴は以下のようにコメントしている。

やってきたことは間違いじゃなかった

出典:大西祐貴
 蔦の店主・大西祐貴のラーメンへの思いは、大きな夢があってのものであった。世界に通用するラーメンを作るという夢は、今現実のものになろうとしている。シンガポールやマカオから開店オファーが来ているのだ。大西祐貴は夢を実現するために、シンガポールへ足を運び、打ち合わせを重ねている。日本ラーメン界の宝、蔦のラーメンが海を渡る日はそう遠くない。


 物事を極めるために必要なものは夢や目標であり、必要なことは絶え間ない努力をし続け、工夫をこらすことである。蔦の店主・大西祐貴は大きな夢と目標を持って、毎日ラーメンと接してきた。最高の結果は最高レベルの努力を惜しまなかった者にしか訪れないことを大西祐貴は示してくれたのだ。

 一度はラーメンから離れてアパレル企業に就職した大西祐貴だったが、もし就職していなければ、世界に通用するラーメンを作るという夢もなければ、今の蔦もなかっただろう。

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