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レストラン業界のタブーに挑んだ、松村厚久の魅力。お客様を喜ばせることに命をかける男『熱狂宣言』

Erika Muranaka

2016/02/10(最終更新日:2016/02/10)


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レストラン業界のタブーに挑んだ、松村厚久の魅力。お客様を喜ばせることに命をかける男『熱狂宣言』 1番目の画像
出典:www.diamond-dining.com
 「熱狂こそ、生きる証。熱狂こそ、試練の答え。体の自由が奪われようとも、このクリアな思考回路がある限り、絶対に負けない」。これは日本の外食業界革命児と言われるダイヤモンドダイニングの創業社長、松村厚久の言葉だ。

 松村厚久が創業したダイヤモンドダイニングは、東京・銀座の「ヴァンパイアカフェ」や「ベルサイユの豚」など、数々のユニークな食空間を展開することで知られる。
 
 松村厚久は2008年1月に外食産業に最も影響を与えた人物として、外食産業記者会が表彰する「外食アワード2007」を受賞。同年5月には、日経流通新聞「飲食業2007年度ランキング」で店舗売り上げ伸び率第1位に選ばれる。2010年10月には飲食業界初の“100店舗100業態”を達成。
 
 これらの偉業を成し遂げたあとも、世界一のエンターテイメント企業を目指す松村厚久の情熱は熱い。松村厚久のパーキンソン病の告白から始まる『熱狂宣言』にはこれまでの松村厚久の経歴、挑戦が描かれている。『熱狂宣言』から偉業を成した松村厚久の魅力に迫っていきたい。

『熱狂宣言』ハイライト

・「レストラン業界のタブーに挑み勝利した男」と称賛される、ダイヤモンドダイニング創業社長の松村厚久は、異なるコンセプトを持った店を100個つくるという偉業を成し遂げた。しかし松村厚久は、パーキンソン病との壮絶な闘いの最中にあった。

• 松村厚久は、第一号店オープン直前にシェフが失踪するなどの困難を乗り越え、続々と出店に成功した。 素晴らしいアイデアの実現を優先する松村厚久の発想が、 社員の創造性をかきたてていった。松村厚久は病気と闘いながらも、外食産業の地位向上をめざして挑戦し続けている。

出典:『熱狂宣言』小松成美

松村厚久のパーキンソン病の告白

 本書は松村厚久のパーキンソン病の告白から始まる。これまで松村厚久は社員や友人にも病気のことを黙ってきた。外食上場企業の代表という立場上、深刻な風評を免れないことを松村厚久は考えた。しかし何より松村厚久の心を占めていたのはかわいそうと思われたくないという気持ちだった。

 しかし松村厚久は絶望の直前で闘争心に突き動かされる。松村厚久は語る。「この病気は自分の運命だったのだ。ダイヤモンドダイニングを前人未到の業績を刻む企業にしてみせる。そう本気で思えるんです」。

外食産業のタブーに挑んだ松村厚久

 松村厚久の外食産業界での評判は凄まじい。外食産業のタブーに挑み勝利した男とし称賛される一方、無計画経営者と揶揄されることも多々ある。

 外食産業では売れ筋の店をチェーン展開で増やしていくのが常識だ。しかし松村厚久は異なるコンセプトをもった店を100個つくるという業界ではありえない目標を達成させた。松村厚久はお客様が驚くようなエンターテインメント・レストランで日本一を目指したいと考えたのである。

松村厚久の成功までの道のり

松村厚久が奇跡を成し遂げた店づくり

 松村厚久がありえない目標を達成するという奇跡を成し遂げたのには訳があるという。その秘訣は斬新な発想による松村厚久流の店づくりにある。

 松村厚久は店舗の内装イメージをストックするために何百もの店を訪れ、看板のロゴデザインからメニュー、サービスを胸に刻んだ。数字に強く、豊富な語彙力と美的センスを兼ね備えた松村厚久は、底知れぬ好奇心をもって、 他社にまねできない店舗開発を進めていったのである。

松村厚久の第一号店オープンにおける苦労

 銀座に第一店舗目を出店する際、飲食業初心者の松村厚久が物件を借りるのは困難を極めた。不動産のオーナーから「経験がないなら貸せない」と何十件も断られる日々だった。
 
 やっとこぎつけたオープン直前にも松村厚久を危機が襲う。レストランの要となるシェフが失踪したのだ。急遽派遣会社から送り込まれたシェフはやる気がなく松村厚久とはそりも合わなかった。幸い、松村厚久の前からの付き合いだったシェフが苦境を救ってくれたことで、何とか第一号店がオープンしたのである。

倒産の危機を乗り越えた松村厚久

 松村厚久の銀座で個性の強い店を出して話題にするという狙いはヒットし、続々と出店に成功する。しかし、当時の実態は資金繰りに奔走する零細企業だったと松村厚久は振り返る。

 六号店の出店準備の際には、銀行からの融資停止により、倒産の危機が訪れた。松村厚久が駆け回って別の銀行から融資を取り付けたが、従業員に給料を支払うと一銭も残らない月が月が年に何ヶ月もあったという。そんな時期を乗り越えて松村厚久は偉業を成したのである。

松村厚久の原点

レストラン業界のタブーに挑んだ、松村厚久の魅力。お客様を喜ばせることに命をかける男『熱狂宣言』 2番目の画像
出典:www.flickr.com
 大学時代サイゼリヤでのアルバイト経験が松村厚久の原点になっている。フロアで仕事をしながら、レストランは人をこんなに喜ばせることができるのかと感動した松村厚久が「お客様歓喜」というダイヤモンドダイニングの理念を生んだのである。

松村厚久の目指すもの

 松村厚久が会社を拡大しようしているのは、外食産業でも頑張れば裕福になれるということを示したいという思いからである。外食産業=ブラック企業の巣窟というイメージを覆すため、日本の食文化、おもてなし文化を守るためにも、世界を代表する企業として外食産業の地位を向上させようとしているのだ。
 
 ダイヤモンドダイニングは今後10年で100社の戦略的シナジーグループをつくるという目標を掲げている。同社が開発した業態を地方の人材に展開してもらい、人材育成も共同で行う。 経営者やオーナーが代わっても理念や哲学を引き継ぎ、発展し続ける組織体を目指すという。松村厚久はこれを外食産業のグーグル化構想と呼んでいる。

 
 松村厚久の魅力を『熱狂宣言』から抜き出して紹介した。松村厚久のビジネスパーソンとしての情熱が『熱狂宣言』からはひしひしと伝わってくる。同じビジネスパーソンとして本書を読めば、君の血もたぎってくるかもしれない。松村厚久という一人のビジネスパーソンの熱い情熱とドラマに触れたければ、『熱狂宣言』を読んでほしい。



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