1. ピース又吉と“もう一人の芥川賞作家”・羽田圭介:「又吉より面白い」と謳われる作家の素顔に迫る。

ピース又吉と“もう一人の芥川賞作家”・羽田圭介:「又吉より面白い」と謳われる作家の素顔に迫る。

出典:www.youtube.com
 2015年の芥川賞を受賞した作品といえば、何を隠そうお笑いコンビ「ピース」・又吉直樹の『火花』である。お笑い芸人による著書として初めて芥川賞を受賞した同作は、芥川賞受賞作品における歴代第1位の発行部数を記録するなど、社会現象化したほどである。

 俗に言う「火花ブーム」も落ち着きを見せ始めた今日この頃、その片隅からジワジワとブーム化している一人の男がいる。それが、羽田圭介氏(以下、敬称略)である。彼は又吉の対となる形、“もう一人の芥川賞作家”として2015年の芥川賞を受賞した作家。

 実はこの羽田圭介という作家ーー今、そのキャラクターの強さ(?)から、テレビ出演のオファーが殺到している作家でもあるのだ。ピース・又吉の『火花』が盛り上がりすぎたためか、なかなか注目されずにいたこの羽田圭介という芥川賞作家。彼は一体どのような男なのだろうか。

デビュー後、すぐ芥川賞取れば(原稿料が)一気に上がったのにクソ!と思ってますね。

出典:芥川賞受賞の羽田圭介氏がぶっちゃけ発言を連発「全部金のため ...
 上の発言は、何を隠そう羽田圭介による発言である。「作家」という人種に対するイメージを払拭するかのようなキャラクター性の高さで、巷では「又吉よりも面白い」なんて評されることもしばしば。

 「作家=面白い」という評価は、従来作品に対して用いられる形容詞だが、羽田圭介に関しては、人間として面白いのだ(無論、作品そのものも面白いわけだが)。

 今回は12月20日OA『情熱大陸』での羽田圭介特集に先駆け、そんな羽田圭介という作家の人生、面白さの秘密、そして羽田圭介にとっての「言葉を綴る」ということの意義について迫っていこう。

もう一人の芥川賞作家・羽田圭介

出典:www.youtube.com
生年月日:1985年10月19日(30歳)
出身地:埼玉県北葛飾郡松伏町
最終学歴:明治大学商学部卒業
代表作:
『黒冷水(文藝賞受賞)』

    『
ミート・ザ・ビート(芥川賞候補)』
    『
メタモルフォシス(芥川賞候補)』
    『スクラップ・アンド・ビルド(芥川賞受賞)』

 羽田圭介が芥川賞を受賞するまでの人生史を簡単にまとめておきたいのだが、出身地は埼玉県の葛飾郡松伏町。とはいえ、出生後すぐに東京に引っ越したため、幼少期のほとんどを東京で過ごしている。

 明治大学付属明治高等学校の出身というから、幼少の頃から頭の切れる子供だったという察しがつく。同校の偏差値はなんと73(東京都高校偏差値ランキング2016)。日本でも指折りの進学校だ。

 ちなみに、羽田圭介にとっての処女作である『黒冷水』を彼が書いたのは、なんと同校在学中、つまり高校生の時のこと。同作は第40回文藝賞を受賞し、17歳での受賞は当時3人目。まさに、「これを天賦の才と言わずして、なんと呼ぼうか!」といった具合であろう。

 大学卒業後は専業作家期間を経て、一度は社会人生活と並行して執筆活動をしていたが、再び専業作家としての活動を始める。『ミート・ザ・ビート』と『メタモルフォシス』の二作が芥川賞候補として挙げられるが、受賞には至らず、羽田圭介も悔しさと共に芥川賞受賞の難しさを痛感したという。

芥川賞受賞作『スクラップ・アンド・ビルド』

出典: Amazon.co.jp

「早う死にたか」
毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、
ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。

日々の筋トレ、転職活動。
肉体も生活も再構築中の青年の心は、衰えゆく生の隣で次第に変化して……。
閉塞感の中に可笑しみ漂う、新しい家族小説の誕生

出典:Amazon.co.jp: スクラップ・アンド・ビルド (文春e-book) eBook: 羽田 ...
 2015年、羽田圭介は長年待ち望んできた芥川賞の舞台に屹立することとなる。羽田圭介を芥川賞の舞台へと立たせた作品ーーそれが『スクラップ・アンド・ビルド』である。

弱々しい声でこんな台詞が発されたとき、祖父がここへ来る前の四年間埼玉の自宅で面倒を見ていた叔父なら、それを打ち消しなだめるような優しい言葉をかける。五人兄妹のなかで最もニヒリストの母に似たのか、健斗にはそんなことをする気も起こらない。醒めた観客相手にも、祖父は慰めてもらう前提の愚痴を吐き続けることを止めなかった。

「もうじいちゃんなんて、早う寝たきり病院にでもやってしまえばよか」

出典:著 羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』
 内容に関してはあまり深く触れたくはないのだが、個人的な感想としては、淡々とした語り口から繰り広げられるストーリー展開が素晴らしい。

 羽田圭介が自身の作品のテーマとして据えている「男の孤独感」というものが上手く表現できているという印象も受ける。まさしく「一度読んで良し、二度読んでなお良し」な一冊と言える。

ピース・又吉よりも面白い? 芸人顔負けのキャラ

 以上の経歴を持つ芥川賞作家・羽田圭介。彼は前述のように、今やテレビに引っ張りだこの存在となっているわけだが、羽田の一体どのような点がメディアの目を惹きつけているのだろうか? ここでは、「又吉よりも面白い(?)」と評される羽田圭介の面白さに迫っていこう。

ダウンタウン・松本人志に「クソさむかった」と言わしめた男・羽田圭介

 上のYouTube動画を参照して貰えば分かるのだが、実は羽田圭介、芥川賞受賞発表時にはなんとカラオケボックスにいたとか。さらに顔にはデーモン小暮閣下風メイクを施しているなど、作家とは思えないやんちゃぶり。

 そんな羽田圭介に対して、“まっちゃん”ことダウンタウン・松本人志は、番組内で「あれはクソさむかった」と発言。松本人志にギャグ(?)の評価をされる作家(ましてや芥川賞作家)など、世に見ても稀であろう。

 「作家らしくない作家」というのが、羽田圭介がメディアで人気な理由の最たるものなのだろう。人々が持ってる作家に対するステレオタイプを壊すような彼のキャラクターは、本人が語るように一過性のものかもしれないが、確かに注目されるに足る存在なのかもしれない。

作家ならではの「ぶっちゃけ発言」が面白い

 作家らしくないキャラクターを保持しているのと同時に、羽田はその「ぶっちゃけ発言」の多さも凄い。
 
 羽田圭介は自身の印税について、又吉のように事務所に所属していないため、「単行本の価格(1200円)×10%×発行部数(11万部)」が自身の印税収入だと明かし、某番組では「1320万円」とリアルな数字をはじき出している(ちなみに、11月24日までに『スクラップ・アンド・ビルド』の発行部数は17万部を突破しているので、単純計算で印税は2000万円以上ということになる)。さらに、羽田圭介は自身の2012~14年の平均年収も「400万円!」などとぶっちゃけているなど、とかくぶっちゃけ発言が多い。

 しかし、羽田はバラエティー番組で、先輩作家から「うつつ抜かしてるんじゃないの?」と嫌味を言われたことも告白しており、タレント活動をよく思わない人々も少なくないという。それでも羽田圭介がメディアに露出し続けるのは、一体どうしてなのだろうか。

羽田圭介がメディアに出演する理由

創作費用のため、今の内に稼ぎたい。

出典:情熱大陸 - 毎日放送
 非難の的になりながらもメディアに露出している理由について、羽田圭介は上のように語っている。なんとも正直な男ではないだろうか? テレビに出る人の大半は、確かに金(ギャラ)のためかもしれない。しかし、それを公然と言える芸能人が日本に一体何人いるだろうか。

オファーの5分の3は受けますが、5分の2は断っています。意外だと思われなくなったら面白くなくなるので一過性だとは思いますが、来年は小説を3冊出したいので、新刊出すときは(出演して)宣伝したい

出典:羽田圭介氏、テレビ出演「オファーの5分の2は断っています」 - 芸能社会 ...
 確かに、普通の芸能人やタレントであれば、事務所などとのしがらみもあるのだろうが、羽田圭介にとってはそんなものお構いなし。そんな羽田圭介の姿勢こそ、メディアに人気な(人々に愛される)最たる理由なのかもしれない。

羽田圭介の考える“言葉を綴ること”

by erichhh
 羽田圭介がどういった人間で、なぜバラエティ番組に引っ張りだこなのか、その理由についてはなんとなく理解して頂けたと思う。最後はやはり、「作家としての羽田圭介にフィーチャーしたいと思う。

 羽田圭介は小説というものを、このように定義付けする。 

分かりやすい極論ばかりがはびこる中で、小説はそこからはじき出された余剰なものも表現できる最後の砦。

出典:羽田圭介(小説家): 情熱大陸 - 毎日放送

読んでいる間に読み手が何かに思いをめぐらせ、何かを考える。それで人間的に“成長”するわけではないし、“成果”を求めるのも間違いだ。ただ優れた本は、読み手の生活に別の角度から光を当ててくれる。

出典:スクラップ・アンド・ビルドのあらすじとネタバレ感想や評価はどう ...
 確かに、現代は極論(結論)のありふれている世の中とも言えるかもしれない。急速な情報化社会の中にある我々現代人は、「答え」ために「思考」することを忘れがちになっている節があるだろう。

 確かに、正解の蔓延る世界において、思考というものは不要なのかもしれない。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』の世界がそうであったように、確定された答えしかない世界における思考の優位性は無視されやすくなるのだろう

 そんな現代にあっても、「小説はそこから(極論から)はじき出された余剰なものも表現できる最後の砦」と語る羽田圭介。極論に対する最後の砦、それはすなわち、人間が思考できる最後の場所ということであろう。

 ここでひとつ、ミシェル・フーコーの言葉を引用するとしよう。

この存在(エートル)の記憶をわれわれに呼びもどすものは、われわれの知のなかにも、反省のなかにも、いまは何ひとつない。おそらく文学を除いては、もはや何ひとつない。

出典:著ミシェル・フーコー 訳渡辺和民『言葉と物』

いずれにせよ、話された言葉はその力を奪われているのであってーー(中略)ーーそれは言語(ランガージュ)の女性的部分、いわばその受動的理性にすぎず、〈書かれたもの〉こそ、言語(ランガージュ)の能動的理性、「男性的原理」なのである。〈書かれたもの〉のみが真理を保有しているのだ。

出典:著ミシェル・フーコー 訳渡辺和民『言葉と物 〜人文科学の考古学〜』


 「書かれたもの」の優位性を説くミシェル・フーコー。そして、そんな小説を「智の最後の砦」と位置付ける羽田圭介。両者の意見は明らかな相似を見せている。彼らの言うように、言葉で綴られた文学こそこの世界における唯一無二の真理なのだ。

 言葉を綴ること、それ自体の意味を自らの中で解釈しているからこそ、羽田圭介の作品は人々の心を穿つのだろう。芥川賞受賞に留まらない、羽田圭介のますますの活躍を祈ってやまない。

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