1. “生と死”を作品に込める美人画家・小松美羽:“美しすぎる画家”が描く「わたしの生と死」とは

“生と死”を作品に込める美人画家・小松美羽:“美しすぎる画家”が描く「わたしの生と死」とは

 小説『皆勤の徒』の世界を思わせるような作品の数々。それらの一見グロテスクにも見える作品が描くのは、「生と死」ーーひとりの日本人女性が描く「わたしの生と死」だ。その女性こそ、若干30歳にして大英博物館に作品の展示が決まるなど、いま最もホットな女性画家・小松美羽氏(以下、敬称略)である。

 「生と死」なんて暗いテーマを描くなんて、どこかの腐女子だろう?なんて思われた方も少なくないだろうが、実は小松美羽、“美しすぎる画家”とも呼ばれている女性なのだ。そのテーマに反して(という言い方は失礼かもしれないが)、彼女のルックスは一介の女性モデルと見紛うほどだ。

死って美しいものだと思います。

出典:画家 | 小松美羽のリーダーズスタイル : 株式会社シータプロモーション
 そんな美しすぎる画家・小松美羽の「死」に対しての表現は、「美しいもの」。いま貴方の胸中に去来しているのは、小松美羽という女性に対する「謎」ばかりではないだろうか。そう、彼女はとても謎が多くミステリアス、そしてそれ故に「美しい」とも言える。

 11月29日(日)の『情熱大陸』では、そんな小松美羽の特集が放送される。そこで今回は、そんな美しすぎる画家・小松美羽が自分の作品に込めた“想い”というものを見ていくとしよう。

美しすぎる画家・小松美羽

出典:miwa-komatsu.jp
生年月日:1984年11月29日
出身地:長野県埴科郡坂城町
最終学歴:女子美術大学短期大学部

 小松美羽が初めて公のメディアで取りだたされたのは2009年のこと。「美しすぎる銅版画家」のキャッチコピーをメディアより与えられた小松美羽だったが、当の本人はそういった形容に対してインタビューの中でこのように述べている。

「美しすぎる」って言われるのは、私が半人前だから払拭できないだけで私の責任だと思っています。私がもっと、しっかりとした立ち位置になれば自ずと消えちゃうわけじゃないですか。だからしっかりやるしかないな、と。自分の見た目と絵って全く関係ないですから。それは私が自分で培ってきたもので、ビジュアルって人から見たもので自分ではあんまり鏡も見ないし。あんまり関係ないです。

出典:画家 | 小松美羽のリーダーズスタイル : 株式会社シータプロモーション
 「鏡も見ない」というのは多少オーバーな表現であったとしても、自分が「美しすぎる」と表現されること。それは自分が半人前な画家でしかないからだ、と述べている小松美羽。確かに、作品とそれを描いたクリエイターは全くもって関係がない。

 作品は作品として評価されるのであって、当の本人が「美しいから」という理由はどうにもお門違い。それを小松美羽はしっかりと理解していた。故に、小松美羽はそんな注目の後も画家としての躍進を続けられたのだろう。

 あくまでひとつの指標に過ぎないが、今年2015年、そんな小松美羽の飽くなき芸術への探究心が栄えある賞賛として花開くことになった。それが大英博物館で彼女の作品『狛犬』の所蔵が決まったことである。30歳という若さで大英博物館所蔵という偉業を達成した画家は、世界スケールで見てもそう多くない。

 各界著名人のみが出演を許された『情熱大陸』に出演するのも頷ける小松美羽だが、一体なぜ彼女はヴィジュアルに反しても、画家として「生と死」を作品の中で描き続けているのか。そこにあるのは小松美羽の死生観であり、彼女の人生そのものだったーー。

小松美羽が作品に込めた“自分という人生”

出典:miwa-komatsu.jp
 小松美羽は自分の作品の中で描いている「死生観」についてこのように述べている。

死って美しいものだと思います。死って、土に帰るもう一つの作業ですし。地球が美しいのは、やっぱり死があるからだと思う。だから死をマイナスにとったことは無いです。マイナスで描くことって性欲とかを描くんですけど、死につながる性欲とか、欲望が絡んだ死は醜く描くんです。

出典:画家 | 小松美羽のリーダーズスタイル : 株式会社シータプロモーション
 小松美羽がこのように「生と死」というテーマを、作品づくりの根幹に据えるに至ったワケーーそれは小松美羽の少女時代にまで遡る。小松美羽は子どもの頃、家でよく動物を飼っていたという。それらの動物の死を間近で見るという人生の中で、彼女は「生と死」について考えるようになったのだという。

僕が死に方を考えるのは、死ぬためじゃない、生きるためなのだ。

出典:アンドレ・マルロー
 人間も動物も生命体であることには変わりない。生きとし生けるもの死すべし、であり、死ぬからこそ生を実感できる。死を恐れるのは、人間の本懐であるとも言える。死を恐れ考えることで、人は生をよりよく歩もうと、生きていたいと思うことができる。

 死は終わりであり、確かに残酷なものなのかもしれない。ただ、小松美羽は死を「美しい」と表現する。それは終わりのあるからこそ生きているということは美しい、そして、そんな生を精一杯生きることのできる人ーーそんな一生懸命生きた生こそ、小松美羽にとっての美しく描かれるべき生なのだ。


 「生と死」ーー己の「死生観」を作品に込め続ける小松美羽。その躍進はこれからも止まること知らないだろう。なぜ、そう思うか。それは小松美羽にとって、絵を描くこと、それ自体が“生きる意味”だと筆者には思えるからだ。

 もし貴方は宝くじで10億円が当たったら、仕事を辞めるだろうか? 確かにそんな大金があれば、一生困ることはないだろう。生涯賃金よりも高額かもしれない。だが、あなたはそんな人生にいくばくかでも“意味”を見出せるだろうか。生きた意味を。

 画家といえど、小松美羽にとって画家とは仕事に他ならない。それでいて、彼女にとって絵は切っても切り離せないものでもある。本質的な仕事というものは、人生そのものなのかもしれない。小松美羽の生き方を見ていると、不思議とそんな思いを感じる。

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