1. “不条理”と闘った革命家「チェ・ゲバラ」の名言4選:「明日死ぬとしたら、生き方が変わるのか?」

“不条理”と闘った革命家「チェ・ゲバラ」の名言4選:「明日死ぬとしたら、生き方が変わるのか?」

by Adam Jones, Ph.D. - Global Photo Archive
 “不条理”。ここでいう不条理とは、アルベルト・カミュの唱えた意味での不条理ではなく原義的な意味での不条理ーー「事柄の筋道が立たないこと」という意味での不条理だ。強者からの強行という実態を示す言葉でもある。「人生の不条理」とも言うが「国家間の不条理」というものもある。他国により支配され統治されるという不条理だ。

 そんな国家間の不条理と闘い、抗い続けた男がいるーーキューバのゲリラ指導者であるチェ・ゲバラ(Che Guevara)だ。第二次大戦後のアメリカとキューバ。両者の関係は言わずもがなだろう。まさに不条理な現実を当時のキューバ国民は強いられていた。

世界のどこかで、誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。

出典:チェ・ゲバラ - 名言

 不条理な現実に憤怒を覚えていながら、行動を起こせずにいたキューバ国民。彼らに不条理と抗う術を教えたのは、他でもないチェ・ゲバラだ。アルゼンチン人でありながら、キューバで闘った男「チェ・ゲバラ」。チェ・ゲバラの真実は心優しき善人だったのか、はたまた戦争狂(ワーモンガー)だったのか。

 今回はそんなチェ・ゲバラの人生と我らに遺した名言を紐解きながら、チェ・ゲバラという生き方に迫っていこう。本記事は何も革命家斡旋運動ではない。チェ・ゲバラもあくまでひとりの男だ。彼の革命家精神に学べることは、男として沢山あることだろう。

“不条理”と闘った男「チェ・ゲバラ」

出典:ja.wikipedia.org
 1928年にアルゼンチンで生まれたチェ・ゲバラ。本名はエルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(Ernesto Rafael Guevara de la Serna)。「チェ(Che)」という言葉はアルゼンチンで用いられていたスペイン語発祥のスラングで、「やぁ」「ダチ」といった砕いた呼びかけであり、「チェ・ゲバラ」という名は愛称なのだ。

 実は、未熟児として生まれ肺炎を患い、2歳のとき既に重度の喘息と診断されていたチェ・ゲバラ。そんな自分の境遇もあってか、進学したブエノスアイレス大学では医学部に入学。医学の道を志しながら、オートバイで南アメリカ大陸をまわる放浪旅行も経験する。

 そんなチェ・ゲバラの中で社会主義が目覚めたのは、ひとりの女性であり後の妻となったイルダ・ガデアの存在に帰結する。彼女は南米・ペルーの女性活動家。大学卒業後に南米を旅していたチェ・ゲバラは、寄ったグアテマラで祖国を追われ亡命していたガデアと出会う。チェ・ゲバラが初めて“不条理”という現実を知ったのは、おそらく彼女との対話の中だったのだろう。

我らの人民は声を上げた、“もう十分だ”と。この偉大な人民の行進は、真の独立を勝ち取るまで続く。あまりにも多くの血が流されたからだ。代表の皆さん、これは、アメリカ大陸における新たな姿勢だ。我らの人民が日々上げている、叫び声に凝縮されている。また全世界の民衆に支持を呼びかける叫びだ。特にソ連が率いる社会主義陣営の支持を。
その叫びとは、こうだ――“祖国か、死か!”

出典:チェ・ゲバラ - 名言

 とはいえ、いくら社会主義に興味を持っていたにしても、博識高きアルゼンチンの医学者に過ぎなかったチェ・ゲベラが、何をもってラテンアメリカ・キューバを率いる革命家となったのか。それは無論、チェ・ゲバラの相棒であるフィデル・カストロの存在なくしては語り得ない。

by Marcelo Montecino

 カストロとチェ・ゲバラ。その出会いは1955年、カストロ29歳、チェ・ゲバラ27歳のとき、メキシコでのことだった。無論カストロはキューバ人であり、当時すでにキューバの反体制派組織のリーダーであった。

 カストロはチェ・ゲバラの才覚を見出し、チェ・ゲバラは妻であるガデアと子を置いて、単身キューバへ向かうことになるのだ。政府軍との戦闘の中でその忍耐強さと誠実さ、状況を分析する冷静な判断力、人の気持ちをつかむ才を遺憾なく発揮し、次第に反乱軍のリーダーのひとりとして認められるようになっていった。

 その後、キューバでの革命に成功したのは言うまでもないだろう。1965年には、またしても革命の戦いーー不条理との戦いをするべく、コンゴ民主共和國へ。常に戦い続けたひとりの兵士であり、指導者として戦いの中で死んでいった。

 1967年10月9日没。享年39。コンゴでの革命活動中、政府軍のレンジャー大隊の襲撃を受け銃殺。そんな最後の瞬間、銃撃を躊躇する兵士に向けて放った最後の名言がこれだ。

落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の人間を殺すのだ

出典:チェ・ゲバラ - 名言

チェ・ゲバラの名言に学ぶ “何かを変革する生き方”

名言#1 万事において夢想家たれ。

もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、出来もしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。「その通りだ」と。

出典:チェ・ゲバラ - 名言
 不条理に抗い続けたチェ・ゲバラは、自分たちのしていることに対してこのような名言を遺している。チェ・ゲバラといえど、あくまでひとりの人間に過ぎない。人間の大部分を規定するのは確実性ではなく、不確実性だ。

 30年後の自分をはっきりとイメージできる人間などいない。とすれば自分の行動の帰結もまた、未確定な未来に過ぎない。それでも、そこに夢を見、生きる事。それもまた「大事を成す」ために必要なことではないだろうか。少なくとも、チェ・ゲバラは夢に生きた男だったのだ。

名言#2 「今日死ぬ」

明日死ぬとしたら、生き方が変わるのか?
あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なのか。

出典:チェ・ゲバラ - 名言
 この名言こそ、「チェ・ゲバラだからこそ」の名言ではないだろうか。革命家として常に死と隣り合わせで生きてきたチェ・ゲバラは、今日一日を生きることの大切さを誰よりも理解していた。

 「明日死にます」なんて宣言されるフィクションは数多あれ、その程度で変わる生き方など、今を本気で生きているということになるだろうか? 筆者も大口を叩ける生き方をしてはいないが、やはり常に本気で生きることこそ、人間の本懐、いや、人生の本懐なのではないだろうか。

名言#3 上の者下の者

国民の英雄たるもの、国民から遠くはなれていてはいけない。高い台座に上って、国民の生活と無縁なところにおさまるべきでない。

出典:チェ・ゲバラ - 名言
 革命家としてのチェ・ゲバラのこの名言は、まず己の位置を鑑みることの重要性を細工人させてくれるだろう。会社で高い地位を築き、人に扱われる立場から人を指導する立場へ。人は潜在的にサディスティックかつ卑劣な生命体ゆえ、そういった権力を振り回してしまいがちだ。

 その点、チェ・ゲバラはあくまで革命派のリーダーだ。政府という母体は、その権力ゆえ高慢な存在となりがち。己の座すべき場所を国民とは違う高みへ配置していても、そこからは国民の本質は見えない。自分が導く人間と同じ境遇に立ってこそ、その者の現状が見えて来るのでないだろうか。

名言#4 不条理の押付け

指導者とは、人が自分と同じところまで追いつけるように誘導するものだ。ただ言葉で強いるのでなく、後ろにいる人たちを力づけて、自分のレベルまで引き上げようとするのだ。

出典:チェ・ゲバラ - 名言
 これもまた、指導者としてのチェ・ゲバラの名言。言葉で叱ったり強要したりするのではなく、自分と同じレベルまで引き上げようとすること。それこそが真の指導者であり、その先にチームとしての大事は成せる。これは会社というチームにおいても同じことだろう。


 世界と闘った男「チェ・ゲバラ」の生き方・名言に対して、皆様はどのような印象を受けただろうか。人それぞれではあると思うが、これらをすべて「当たり前」のようにできている人は少なかろう。哲学めいた名言たちではあったが、伝え得る部分は非常にシンプル。これらはチェ・ゲバラが後世に遺した魂の咆哮と言っても過言ではない。

 生き方は人それぞれ、考え方も人それぞれ。とはいえ、人は人ゆえ、そこには一本の芯のようなものはあるーー「自由でありたい」という心だ。誰かに縛りつけられることは、そういった人間の自由への希求を奪ってしまう。

 自分の行動に心当たりはないだろうか? 部下に対して、家族に対して、彼女に対して。そこに不条理があれば、亀裂は深まるばかりだ。愛のある不条理と愛のない不条理、これらは大きく乖離している。チェ・ゲバラの名言から、今一度自分の行動を見つめ直してみて欲しい。

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