1. 「生涯プロデューサーでありたい」:一世を風靡したmixi笠原健治の“人を愉しませるサービス作り”

「生涯プロデューサーでありたい」:一世を風靡したmixi笠原健治の“人を愉しませるサービス作り”

by switchstyle
 今ではすっかりとその息を潜めてしまったSNS・mixi(ミクシィ)だが、U-NOTEユーザーの皆様の中には、学生時代をmixiと共に過ごしたという人も少なくないことだろう。

 ミクシィが一世を風靡したのは、だいたい2007年〜2011年ごろ。2011年末をピークに黒字が一転、赤字に転じることになる。その後は、FacebookやTwitterなどの新興ソーシャルメディアの台頭により利用者が激減。現在ではその名を聞くと、「懐かしい」といった印象を受けるという方が多いだろう。

 とはいえ、mixiというサービスがSNSの先駆けであり、今日のSNSブーム(今ではブームというよりは、ライフスタイルに溶け込んだと言うのが適切かもしれないが)を作り出したのも、何を隠そうmixiであることは明々白日だろう。

 今回は、そんなmixiを創りだした株式会社ミクシィの創業者である笠原健治氏(以下、敬称略)にフィーチャーし、笠原健治という人間の持つスタートアップ学からmixi誕生秘話、そしてミクシィの今についてご紹介していこう。

SNSブームを起こした「笠原健治」とは?

 1975年に大阪府で生まれた笠原健治。東京大学在学中の1997年11月に「Find Job!(ファインドジョブ)」という転職サービスを始める。この「Find Job!」というサービスが笠原健治の実業家としての第一歩になるわけだが、2004年当時、うら若き日の笠原健治は当サービスに関してこのように述べている。

弊社の『Find Job !』は掲載料が非常に低く、しかも初回は無料のお試しができます。 担当者様もリスクがないため、躊躇なく登録、掲載して下さるのです。

出典:プレジデントビジョン - ライブレボリューション 代表取締役社長 増永寛之 ...
 随分と初々しい笠原健治の発言だが、結果的にこのサービスが成功することになり、1999年には有限会社イー・マーキュリーを設立。そして、来たる2004年には、GREE(グリー)と並んで日本で最も早いSNSとなっているmixi(ミクシィ)が誕生することになるのだ。
黎明期の雰囲気を感じさせる、2001年頃のFind Job!のトップページ
 そんなmixiの生みの親である笠原健治。ちなみに経済誌・フォーブスが2008年に発表した「日本の富豪ランキング」では、40人中37位にもなっている。これは、2005年に40位に入ったライブドアの堀江貴文元社長と同じ最年少32歳でのランク入りだ。総資産は、当時の換算で約850億円だった。

 日本初の本格派SNSとも呼ばれたmixiは、2011年4月時点での累計発行ID数が3900万(退会者・多重登録者を含む)を突破したが、その後は他のソーシャルメディアに押し負け、衰退の一途を辿ってきた。

 その衰退に有効策を講じることのできなかった笠原健治は、2013年に代表取締役社長の任を朝倉祐介氏に譲り、自身は会長に退くことになる。今のミクシィという会社の現状は後ほどお話しするとして、次は「mixi誕生秘話」と題して、mixiのリリースまでの物語をご紹介していこう。

一世を風靡した「mixi誕生秘話」

出典:ja.wikipedia.org
 前述のように、mixiが誕生したのは2004年。2011年3月期の売上高は、132億29百万円で、前年同期比28.5%増という大きな成長を見せた。2011年8月の月間アクティブユーザー数は約1535万人を数え、SNSの筆頭として第一線を駆け抜けていた時代もあった。

 そんな日本発の本格的SNS誕生の裏には、笠原健治のどのような思いやヴィジョンがあったのだろうか。当時のことに関して、笠原健治はこのように答えている。

少し大きな話になりますが、おそらく世の中のほとんどの人は、人類の進化に何か貢献したい、人々の幸せにつながる行いをしたい、と願っているんじゃないでしょうか。こういう思いは、人には遺伝子レベルで組み込まれている気がします。ならば、自分には何ができるか──。学生時代は、考え抜きました。その結果がネットビジネスでの起業でした。僕はひとつの何かを突きつめて研究する学者には向いていないし、政治家に必要なパフォーマンス能力があるとも思えなかったからです。

出典:ミクシィ代表取締役社長 笠原健治|ヒューマン|WEB GOETHE
 確かに大きな話だが、SNSブームを定着させた男の言葉だと思って聞くと、不思議と頷けてしまう。「自分にできること」をインターネットビジネスの中に見出し、そして、それを人々のライフスタイルと密着したサービスにしたいと考えた笠原健治だからこそ、このmixiというサービスは成功したのだろう。

 また、mixiというサービスが成功を収めた理由に関して、笠原健治はこのようにも答えている。

従来にない、新しい価値を提供しているからだと思います。従来のネットサービスは、知りたいことを探すために使うサービスでした。(中略)ユーザーの方々は友人や知人のことをより深く知るために「mixi」を利用します。「mixi」では「コンテンツの内容」よりも「コンテンツの発信者」が大事。つまり“何”よりも“誰”が重視されています。このようなサービスは、それまで日本に存在しませんでした。

出典:株式会社ミクシィ 代表取締役社長 笠原 健治|IT|ベンチャー通信Online
 mixi以前に流行っていた掲示板や比較サイトに対してユーザーが期待していたのは「コンテンツ」であって、その情報が「誰のものか」という点は無視されていた。その反面、ミクシィは「友人」という既知の人間との憩いの場として、コンテンツの内容そのものよりも、「コンテンツの発信者」が重要視されたサービスだった。

 自分のTwitterのTL(タイムライン)上に流れてくる情報に、有益なものはどれくらいあるだろうか。「腹減った〜」や「マジあいつウザイ〜」とか、くだらない内容ばかりだろう。でも、その言葉を発している発信者を知っているということが、その情報の有用性を底上げするのだ。

 つまり、発信者を知らない第三者が見ても有益にならない情報でも、個人的な結びつきのある人間にとっては、情報としての価値が上がる。それらを包括的に(ソーシャルに)共有できるサービス。それがmixiであり、今のSNSを形作る根本的な革新性だったのだ。今やソーシャルメディアのトップを走るFacebook CEOのマーク・ザッカーバーグも、皆のなにげない投稿が広告ともなり、ビジネスを創りだすと述べている。

笠原健治の思う“スタートアップに必要なこと”

 そんな革新的サービスを生み出したミクシィの創業者である笠原健治は、自身のスタートアップに関してこのように述べている。

自分の時間もエネルギーも仕事にフルコミットする。それが人生を楽しくするキーだと知りました。だから、僕も絶対に好きな何かを仕事にしようと決めた。両親は今も毎日、研究やピアノに自分をフルコミットしています。

出典:ミクシィ代表取締役社長 笠原健治|ヒューマン|WEB GOETHE
 「好きなことを仕事に」というのは、笠原健治が父の背中から学んだ信条だった。その上、笠原健治の大学生当時は、孫正義など多くの新進気鋭のIT起業家がメディアで頻繁に取り上げられていたビットバレーと呼ばれる時期でもあった。そういった情報に触れる中で、初めて「起業家という生き方」を意識するようになったという。

かなり近い将来、インターネットが世の中を大きく変えることははっきりとわかっていました。ただし、当時の日本ではまだインターネット関連の企業は少なくて、就職するという発想が持ちづらかった。それならば、自分で起業してしまおうと考えたわけです。

出典:ミクシィ代表取締役社長 笠原健治|ヒューマン|WEB GOETHE
 とはいえ、当時は未だ20世紀の終わり、インターネットの本格的な普及が始まったばかりで、インターネット関連の会社はまだまだ多くなかった。これでは、就職したい会社がない。自分の好きな仕事ができない……。

 その中で笠原健治が出した結論、それが「起業家という道」だったのだ。無いのなら、自分で起業してしまえばいいじゃないか。少々無謀な挑戦にも見えるが、スタートアップ企業を成功に導くには、笠原健治くらいの思い切りの良さが重要なのかもしれない。

笠原健治の今、そしてミクシィの今

 結びに「笠原健治の今、ミクシィの今」と題して、両者の現状を掘り下げていこう。笠原健治は2013年に株式会社ミクシィの社長を引退し、同社の会長となっており、実質的な経営面は現社長である森田仁基氏に任せている。

 笠原健治がいま新たに取り組んでいるサービスが、『家族アルバム 見てね』というサービスだ。笠原健治が自ら企画立案し、主導する当サービスは「家族SNS」という新ジャンルを打ち立てようとしている。主なコンテンツ内容はサービス名通り、子どもの写真や動画を容量無制限でアップロードし、遠方に住む祖母・祖父など家族と共有できるというものだ。

 「生涯プロデューサーでありたい」と語る笠原健治は、自ら率先して公園で当サービスのビラ配りをするなど、一介の会長とは思えない熱心振り。新しいSNSの形として注目されている。

mixi × モンスト?

 「引っ張りハンティングRPG」という触れ込みでプロモーションされている「モンスターストライク(通称・モンスト)」というスマホゲームアプリは、多くの方がご存知だろう。U-NOTE読者の皆さんは、既にご存知かもしれないが、このモンストというスマホゲームアプリ、実は株式会社ミクシィによるサービスなのだ。

 2013年にサービスを開始したスマホゲームアプリ「モンスターストライク(モンスト)」。簡単な操作性と友人とも協力しながら遊べるゲーム性が、若年層を中心に高い人気を博した当アプリ。特に2014年3月のテレビCM放映後はグンと人気を上げ、DL数は3000万人を達成(2015年7月時点)

 友人と連携してのプレイが課金率を上げているというのも、モンストの特徴のひとつだ。つまり、ミクシィはモンストという新しいビジネスの土台を作りだしたのだ。2015年4月から9月の経常利益は約430億円で、2015年通期の業績予想は約800億円という数字を見込んでいる。

 そして、そんなミクシィの現社長は、モンストのエグゼクティブプロデューサーを務めた森田仁基氏。mixiでの売り上げが見込めなくなった同社の新しい稼ぎ柱となったモンスト。そのモンストを成功に導いた森田氏の社長就任。だんだんとmixi色がなくなってきてはいるが、こういったある意味での切り替えの早さも、企業として存続していくには大切なのかもしれない。ここまでの大復活は、インターネット企業の歴史でもなかなかないものだ。


 今回は、一世を風靡したSNS「mixi(ミクシィ)」の創業者・笠原健治にフィーチャーしてみた。このタイミングで笠原健治についてご紹介した明確な意図は特にないが、彼が今のSNSブームの第一人者であることは覚えていておいて欲しい。

 ちなみに、現在のmixiは「趣味コミュニティ」という新たな方向に舵を切っていて、TwitterやFacebookともまた違った新しいSNSのカタチになっている。実際の友人関係に囚われない「趣味」という枠組みで勝負を仕掛けているのだ。TwitterやFacebookに飽き飽きという方は、このように新しく生まれ変わった新しいmixiを試してみるのも良いかもしれない。

U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう
この記事を報告する