HOMEダービー制覇の競走馬は、馬づくり素人の牧場から生まれた。ゼロからの経営学:『世界一の馬をつくる』

ダービー制覇の競走馬は、馬づくり素人の牧場から生まれた。ゼロからの経営学:『世界一の馬をつくる』

蓮見彩

2015/10/22(最終更新日:2015/10/22)


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ダービー制覇の競走馬は、馬づくり素人の牧場から生まれた。ゼロからの経営学:『世界一の馬をつくる』 1番目の画像
by Claudio Gennari ...
 昔は競馬というと一部の人が興じる娯楽というイメージが先行していたが、最近はデートや遊び場として競馬場が利用されるなど、競馬は老若男女問わず幅広い世代に親しまれるようになった。

 このように一般化してきた競馬だが、まだその舞台裏について語られることは少なく、ましてや「馬の経営学」など知りたくてもそう簡単に知れるものではない。

 今回は、日本屈指のオーナーブリーダー・前田幸治氏の著書『世界一の馬をつくる』の中から、馬づくりの奥深さとその経営学についてご紹介したい。普段競馬にあまり関心がないという方にも、是非この機会に馬づくりの世界を堪能していただきたいと思う。

競走馬に関わる「オーナーブリーダー」とは?

 馬の経営学と言っても、そもそも著者の職業である「オーナーブリーダー」を初めて聞いたという方も多いと思うので、まずはオーナーブリーダーについて説明していこう。

 馬を育てる人を「ブリーダー」と呼ぶが、その種類は大きく2つに分類される。1つが「マーケットブリーダー」であり、生まれた仔馬を売却し、利益を得る生産者を指している。もう1つが「オーナーブリーダー」であり、生まれた仔馬を優秀な競走馬へと育てる生産者兼馬主を指している。前者の場合は、「売れる馬」を目的にしているため、必ず優秀な馬を育てるとは限らないが、後者の場合は収益となるのが競馬での賞金のみであるため、「勝つ馬」を育てることが大きな目的となる。

 オーダーブリーダーは、勝つ馬を育てるための環境整備や牧場の経営学について、常に研究と試行錯誤を重ねなければならないのだ。

失敗続きの牧場経営

 20代前半に初めて競馬に行って以来、競馬の魅力にすっかり取りつかれた本書の著者、前田氏。前田氏は30代で自身が馬主となり、競争馬の生産をする牧場を経営したいという思いから、北海道の新冠町で念願の牧場経営をすることとなった。しかし、夢と現実の差はあまりにも過酷で、最初の10年間は失敗続きだったと前田氏は振り返る。

 そんなときに出会ったのが、世界トップクラスの馬の専門家であるドクター・スティーヴ・ジャクソン。競走馬を育てることに関して素人当然の前田氏は、彼がアドバイスした飼料や栄養管理、運動とのバランスなどに耳を傾け、積極的に取り入れていった。彼のアドバイスのおかげで、日本の「競争馬を育てる技術」から一歩飛び出した「世界の競争馬の育て方」や経営学、最新技術などを学ぶことができたそうだ。

 競走馬スペシャリストにアドバイスを受けた前田氏は、後に「キズナ」や「ワンアンドオンリー」など、数々の名馬を世に送り出すこととなった。

「馬づくりは人づくりから」の経営学

 前田氏が牧場を経営する上で最も重きを置いたのが、「人」を育てること。優秀な競争馬を育てるのには、まず馬の世話や管理を担う優秀な人材が不可欠だと考えたからだ。

 例えば前田氏は、優秀な人材を育てるために新卒採用を行い、独自の社風と文化を植え付けていった。さらに、従業員が「衣食住」の「食」と「住」に満足できるよう、様々な体制を整えることにも注力した。プロの料理人による食事提供、宿舎はバストイレつきの個室で、結婚した場合は牧場内に一軒家があるというのだから、驚きである。

 また前田氏は、所有馬を管理する調教師やそれに騎乗する騎手にも、それぞれのやり方について決して口出ししない。その道に一番精通しているプロのポリシーと経験に、絶対的な信頼を置いているのだろう。

 こうした従業員が満足できるような環境と彼らへの信頼こそが優秀な人材を育てる鍵であり、結果として彼らが優秀な馬を育てることに繋がったと言える。

 
 競馬に行ったことがない人にとって、馬づくりは遠い世界と思える話題かもしれない。しかし「良い馬を育てる」という想いは、全ての業界に通じるモノへの深い愛と強い信念と変わらないのではないだろうか。


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