1. 「0.1%の共感」を呼ぶ番組作りを――。人気バラエティ番組の立役者が語る“テレビの未来と使命”

「0.1%の共感」を呼ぶ番組作りを――。人気バラエティ番組の立役者が語る“テレビの未来と使命”


『さんまのスーパーからくりTV』や『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数々のヒット番組を手がけてきたTBSテレビのプロデューサー角田陽一郎

最近では「バラエティプロデューサー」と名乗り、いとうせいこう・ユースケ・サンタマリアがMCの深夜のトーク番組『オトナの!』を手がけるとともに、映画監督、メディアビジネスのプロデュースなど、活動の場を広げている。

“テレビ業界の策士”として、常に新しい取り組みをする角田氏。そんな彼の活躍を支える「バラエティ的思考」について、話を伺った。

角田陽一郎 プロフィール

かくた・よういちろう/バラエティープロデューサー/TBS「オトナの!」プロデューサー。TBSテレビメディアビジネス局スマートイノベーション推進部兼制作局制作一部所属。1970年千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業後、1994年にTBSにテレビに入社。TVプロデューサー、ディレクターとして「さんまのからくりTV」「中居正広の金曜日のスマたちへ」「EXILE魂」など、主にバラエティ番組の企画制作をしながら、映画『げんげ』監督、「ACC CMフェスティバル」インタラクティブ部門審査員、その他多種多様なメディアビジネスをプロデュース。

現在は、いとうせいこうとユースケ・サンタマリアがMCを務めるオトナのためのトーク番組「オトナの!」を担当している。新作著書「成功の神はネガティブな狩人に降臨する―バラエティ的企画術」が現在絶賛発売中の他、水道橋博士が編集長を務める有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』で「オトナの!キャスティング日記」を好評連載中。

多くの人は「反バラエティ」をマニュアルだと思い込んでいる


――今年に入ってから、ご自身の肩書きを「バラエティ番組のプロデューサー」から「バラエティプロデューサー」へと変更した角田さんですが、近著の『』にも「バラエティ」という言葉が用いられています。

角田さんのキーワードでもある「バラエティ」、さらには「バラエティ的思考」とは、どのような意味でしょうか?

角田:
バラエティは「多様性」という意味で、簡単に言えば「いろいろ」。ようするに「いろいろな情報・経験を吸収して、その上で判断してみようよ」ということです。

現代って、多様性が失われていると思うんですよ。何らかのスキルを身につける際、多くの人は簡単にノウハウだけを集めようとします。自己啓発本やビジネス本で『◯◯のための5つの方法』といったタイトルが目立つのがいい例ですが、「5つじゃ分からないだろ?」って思いませんか?

もしも英語を学ぶとしたら、100のメソッドを実践した結果、いろいろ失敗とかしたりして有効な方法として5つのポイントを自分で見つけるものなんだと思うんです。実際、こうした本の著者たちは、自身の経験によってようやく見つけた5つの方法について執筆しているんだと思います。

しかし、その5つの方法は実際に自分自身の経験から導かれないと意味がない。いろいろ経験して多くの情報を入れた上で、情報が正しいか否かを自分で判断することが体得につながるんですから。

ところが、多くの人たちは何かを体得するために近道してしまう。ラクして目標を達成する方法を求めても、現実はそんなに甘くはない……と、あとで気づくんですけどね。これって、むしろ人生を損していると思いませんか?

多くの日本人が「物事をバラエティ的にいろいろ見ないで済むこと」を一番効率的なマニュアルだと思い込んでいるように感じます。百歩譲って、いまの日本経済が右肩上がりで、若者層も多いようなイケイケの国だったら、そのシステムから学んだ法則通りに生きても上手くいくかもしれない。

でも、これからの未来の日本にその法則が通用するとは僕には到底思えないんです。だから、もっとバラエティ的に物事を見て「知ってから後悔する」「やってから間違えた」という経験があった方が、その人の人生のためになるし、何よりもワクワクすると思うんですよ。

コンテンツが大ヒットする必要はない!?


――そこで角田さんが提唱するのが「バラエティ的な思考・生き方」なんですね。

角田:
断っておきますが、強制はしません。近著の『成功の神はネガティブな狩人に降臨する――バラエティ的企画術』も、適度に売れて欲しいとは思っていますけど、何かの間違いで大ベストセラーになったら、なんだか気持ち悪いじゃないですか(笑)。

――「気持ち悪い」とは!?

角田:
自分から話しておいて何ですが、僕と同じ考えの人が多すぎても気持ち悪いかなと(笑)。以前、あるロックミュージシャンと会った際、彼は「CDは売れて欲しいが、自分たちをカッコイイと思う人が100万人もいたら気持ち悪い。俺たちのアルバムは10万枚くらいがちょうどいい。そうじゃないとロックンロールじゃない」といった内容を話していました。

僕も彼の意見に賛成で、「売れた方がいい」というのは正義だけど、その一方で「必ずしも大ヒットする必要があるのか?」と思っています。

というのも、「どれだけ売れたか」よりも「どれだけひとりひとりの心に刻まれたか」の方が大事だと思うからです。莫大な利益を求める姿勢は、20世紀の大量消費社会ならば正しかったかもしれません。莫大な経済を生むためには、莫大な商品をつくり、莫大な宣伝を仕掛け、莫大な売り方をする必要がある。しかし、そんなことをしてたら地球環境が持たないでしょう。

だとしたら、これからの21世紀は少量共鳴経済で、少量の欲しいものだけを欲しい人に提供した方がいいんじゃないかと。欲しい人に対して、本当に欲しくなるような商品やコンテンツを提供するような時代になると、「どれだけ売れたか?」より「どれだけ心に刻まれたか?」が新しい尺度になると思います

――角田さんが手がけているトーク番組『オトナの!(※1)も「どれだけ心に刻まれるか」に挑戦している番組だと聞いています。

角田:
かつて「ハイパーメディアクリエイター」の高城剛さんは、「僕の言葉は0.1%の人にしか分からない言葉で伝えている。だから99.9%からバカにされても仕方ない」といった旨の発言をしていました。

この言葉を聞いた当初、0.1%は少ないと思いましたが、よくよく考えれば1億3000万人ならば13万人。圧倒的に支持する13万人が彼の本を買えば、それは今やベストセラーです!

『オトナの!』も、そうした0.1%の人の心に刺さる番組づくりを心がけています。その圧倒的に心に深く刻まれた最初の0.1%の共感が、やがて共鳴者を増やして拡散していくこと、それが来るべき少量共鳴社会のテレビの未来の使命だと確信しています。

※1『オトナの!』…角田氏がプロデューサーを務める水曜深夜のTBSのトークバラエティ番組。MCはいとうせいこう、ユースケ・サンタマリア。「オトナゲスト」と称されるゲストのキャスティング・事前取材は、ディレクターとともに角田氏が担当している。番組公式YouTubeで観ることができる。

人の「つまらない」という感想は1ミリも信じてないんです


――テレビ離れが叫ばれている昨今、角田さんのような番組づくりは非常に興味深いです。

角田:
「テレビ離れ」と言えば、しばしば耳にする「最近のテレビはおもしろくないから見ない」という言葉って矛盾していると思いませんか? 見てないのになんでつまらないとわかるんでしょう? 好き嫌いはあってもいい。でも、ロクに知りもしないで「つまらない」と一蹴する姿勢は不毛です。せめて「見たけどつまらない」って言って欲しいです(笑)。

たとえば、ある女子高生が『マッドマックス』(※2)をつまらないと言っても、それは彼女におもしろがるだけの素養やセンスがないだけ。逆に僕が『ビリギャル』(※3)をつまらないと感じても、女子高生がおもしろいと言ったら、それは僕におもしろがる素養・センスがないだけなんです。

なので、僕は人の「つまらない」という言葉は1ミリも信じないで、「おもしろい」という言葉を100%信じます。女子高生がおもしろいと言った作品を、僕がおもしろいと思えないなら、僕に何の素養が無いか?を考えながら見る。するとその瞬間から新たな「おもしろさ」が生まれてくるんですよ。

もしも何かをつまらないと思ったら、それは一方からしか見ていないからじゃないでしょうか? そんな単視点からの人生はたいくつです。多視点から見るだけで、人生はもっとワクワクしたものになると思うのです。

別の方向・多視点から物事を見て考えるということ、それがバラエティ的思考です。
イエスもノーも、好きも嫌いもあっていい。でも、まずはいろいろ試してみてからにしましょうよ……と、声を大にして言いたいですね。

※2『マッドマックス 怒りのデス・ロード』…2015年公開のオーストラリアの映画作品。2012年7月から12月までアフリカのナミビアで撮影された。前作『マッドマックス/サンダードーム』以来、27年ぶりに製作された『マッドマックス』シリーズの第4作である。 日本では2015年6月20日に公開された。

※3『ビリギャル』…2013年に刊行されたノンフィクション『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス刊)。『ビリギャル 学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』のタイトルで2015年5月に映画化・公開された。

“変化球のルーティン”がバラエティ的思考の第一歩


――多視点から物事を見る習慣がない人が、バラエティ的な思考を身につけるためには、どうしたらいいですか?

角田:
自分の視点とは違う視点になりそうなもの――何か新しい領域――を、一度ルーティンに組み込むのが手っ取り早いかもしれません。

たとえば週1で映画を見る、知らない人に会う機会をつくる、などですね。年を重ねるにつれて、こうした新しいことに挑戦するのは面倒臭くなったりしますが、それって体力に関わってくると思うんです。

「最近のテレビはつまらない、昔の方がおもしろかった」という意見は、若い頃より体力が落ちたオトナの思い込みなんだと思います。というのも、思春期から20歳前後は一番体力があるので、体力があるときに経験した思い出が一番強烈なんだと思うんです。

結果、体力のあった若い時代に見聞きしたコンテンツが一番おもしろいと感じるのは当然だと思うし、当時の思い出にすがる気持ちも分かります。

でも、そこで思考を停止して、現在のコンテンツを受け入れないのは非常にもったいない。ほら、少し前に「オワコン(終わったコンテンツ)」って言葉が流行ったじゃないですか。僕、オワコンって言葉も大嫌いなんですよ(笑)。

――
ネットなどでは、少しでも旬が過ぎたら「オワコン」の大合唱でしたね。

角田:
そうでしょう? たとえば、お笑い芸人が長い下積み時代で研鑽を積み、あるギャグで大流行することがあります。ところが、彼らは数カ月後もしないうちに「オワコン」と評されてしまったりする。

もちろん「流行を煽っているのは、お前たちマスコミだろ!」というご意見もあるでしょうし、我々も何とかしなくてはいけないと考えています。ただ、いずれにしてもオワコン扱いされた側はたまったものではありません。でもオワコンというレッテルは、有名人やコンテンツに限らず、社会や職場や日常において、いつかすべての人に突きつけられる根本的な問題なんじゃないでしょうか?

会社においても「若くて使い勝手がいい」という理由だけで若い人が重宝重用されることがあります。しかし年を重ねるにつれて、白羽の矢は下の世代に向けられ、古くなった自分はオワコンの恐怖に怯えることになる。

それは誰にでもやってくる「死の恐怖」と似ているんだと思います。

ひとりひとりが「終わらないコンテンツ」になる


――情報の送り手をオワコン認定している受け手側も、いつかは逆にオワコン認定される。これは避けられないのでしょうか?

角田:
唯一の解決策は、それぞれが「終わらないコンテンツ」を目指すことだと思います。40歳がアイドルになってもいいし、50歳で起業してもいいし、60歳で新しい挑戦を始めてもいい。若いとか年寄りとか関係なく好きなことをやる方がその人の人生だって俄然おもしろいと思うんです。

僕はそれぞれの人生そのものがエンターテインメントになればいいと考えています。近年はSNSなどが広まりましたし、自分の発信したライフスタイルが簡単にエンターテインメントになりうると思っています。

たとえば、ある人の毎日のお弁当づくりが、ブログで配信されて、人気コンテンツになれば、その人の人生そのものが弁当づくりという日常の作業を超えて、エンターテインメントとして新しく始まったことになるのではないかと。

その人の日常が価値のあるものとして受け入れられたら、何歳になろうともその人自身の本来の価値だけで生きられる時代が到来するかもしれない。労働時間や収入ではなく、自分の人生自体がどれだけみんなに影響を与えたか――そんな評価がされるようになれば、きっとそれが終わらないコンテンツだと思うんです。

商品・コンテンツづくりにしても、若手・ベテラン関係なく、そのもののクオリティで60歳と20歳のアイデアを競わせればいいだけの話。若いだとか年寄りだとか、過去の実績などの付帯外部情報で判断するのをやめて、それ自身が純粋に素晴らしいか否かを本質で判断する。それが終わらないコンテンツを築く上で大切です。

こうして思考だけでなく、価値も多様化した――バラエティ的な――な社会になれば、みんながもっと人生を楽しめるのではないでしょうか。

Interview/Text: 松本晋平
Photo: 保田敬介

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