1. EDMの市場規模は約7300億円。音楽業界の新鋭・EDMが、新たなビジネスチャンスとなったワケ

EDMの市場規模は約7300億円。音楽業界の新鋭・EDMが、新たなビジネスチャンスとなったワケ

出典:www.youtube.com
 先日発表した「世界のDJ年収ランキング」で明かしたように、DJの年収が数年前とは比べ物にならないほど上がっており、DJというミュージシャンが21世紀の音楽業界における新しいムーブメントになっていることはご推察いただけたことと思う。

 今回はそんなDJが操る音楽「EDM(イーディーエム)」と「EDMフェス」というものに関してご紹介していこうと思うのだが、EDMという音楽に明るくない人も少なくなかろう。まずはEDMとはなんぞや、という点からご説明していこう。

音楽業界の気鋭・EDMとは?

 EDMの起源を判別するのはいささか難儀なことで、DJたちの間で自然発生的に発生した音楽の一形態といったところだろう。20世紀にも音楽のジャンルとしてあったことは確かだが、公にフィーチャーされるようになったのは21世紀からであるといっても誤りではないことと思う。

 EDMという音楽ジャンルを定義するならば、「Electric Dance Musicの略であり、シンセサイザーなどよって生み出される“電子音”を使った音楽ジャンル」と定義できる。つまり、端的にいえば、EDMは楽器=電子音という仕組みになっているのだ。


 上の動画は、「世界のDJ年収ランキング」でも第2位となった実力派DJ・David Guetta(デイヴィッド・ゲッタ)の代表曲「Play Hard」。EDMの雰囲気を掴むのにピッタリな一曲なので、通勤中であれば音漏れしないように気を付けながら視聴してみて欲しい。

 EDMはいわゆるクラブミュージックというものに大別されるものであり、従来のJ-POPなどとは大きく乖離している。その主目的は“音楽を軸としたエンターテイメント空間での活用”にある。


 とはいえ、今ではJ-POPでもEDMを用いた楽曲がみられる。その代表的なアーティストがPerfume(パフューム)だ。彼女たちの曲は、その全てがEDMミュージックに分類される。だが、彼女たちがEDM楽曲を作っているわけではない。彼女たちの実質的なプロデューサーである・中田ヤスタカ氏によって制作されているのだ。
 
 EDMが音楽ジャンルとして成立するのは、歌い手である歌手(=パフューム)と曲の作り手である作曲者(=中田氏)という関係が必要となってくるのだ(あくまで、原則だが)。ちなみに、中田氏はきゃりーぱみゅぱみゅなどの楽曲も受け持っている。

 先ほどご紹介したデイヴィッド・ゲッタの一曲もこれに同じだ。楽曲のクレジットでも、デイヴィッド・ゲッタという作曲者(DJ)と歌い手であるNe-Yo(ニーヨ)・AKON(エイコン)が、同時に記載されている。

 これがEDMという音楽ジャンルの実態であり、あくまでEDMとは音楽作成形態のひとつに過ぎない。そんなEDMが21世紀に入って(正確には2010年代)、なぜ急に人気を博すようになったのか。そして、その先にあるビジネスモデルとは。ここからはEDMをビジネスモデルとして捉えていこう。

「EDM」の市場規模は約7300億円を突破……!

 エレクトリックミュージック最大の会議であるIMSが発表したところによると、EDMの市場規模は全世界で約62億ドル(約7300億円)と推察されている。

 また、9月にアメリカの経済誌・フォーブスが発表したレポートによれば、アメリカでのEDM市場規模は約19億ドル(約2256億円)となっており、これは全世界の三分の一となる市場規模だ。

 その2256億円の内訳だが、実は「EDMフェス」とクラブでの売り上げだけで、約16億ドル(約1900億円)にまでのぼっているのだ。


 そう、EDM業界について知るには、まず「EDMフェス」という言葉を知らねばならないだろう。上の動画は世界最大級のEDMフェスであるUltra Music Festival(通称、UMF)の様子(デイヴィッド・ゲッタばかりである点は、筆者の個人的な趣向に起因しているが、悪しからず)。

 「誰が歌ってんの?」「誰のライブなの?」「なんだこれ」など、感想は人それぞれかと思うが、これがいま流行の「EDMフェス」というエンターテイメント空間なのだ。EDMフェスに「誰の」という言葉は通用しない。端的に言ってしまえば、誰のライブでもないし、誰のライブでもあるのだ。

 それはどういうことなのか。ステージに立っている人間はデイヴィッド・ゲッタ本人であり、DJというミュージシャンになる。彼は歌うわけでも、演奏するわけでもない。Play(プレイ)するのだ。つまりは、音楽を操る人間ということになる。

 DJが具体的にどのようなことをしているか、という問いはなかなかに骨が折れる質問なのだが、彼らは音響やテンポの調整、曲と曲を繋げるといった(地味な)作業をしているミュージシャンということになる。

 彼らが「誰でもないし、誰でもある」のは、彼らは様々なアーティストにもなり得るからだ。あえて言おう、地味であると。そんな彼らをミュージシャンと呼ぶのを、いささか躊躇われるという方も少なくないだろう。裏方の仕事と言えば、裏方の仕事なのだ。

 だが、彼らは求められる。フェスという音楽空間に彼らは必要とされているのだ。今年9月19、20、21日の3日間に渡って、Ultra Music Festivalは日本でも開催された。開幕初日で、来場者数3万人を超えた当EDMフェス。デイヴィッド・ゲッタも登場し、(筆者は、音楽鑑賞型なので参加してはいないが)会場は熱狂の渦に巻き込まれたという。

 なぜ、DJは人々から求められるミュージシャンとなっているのか。そして、EDMフェスの持つ魅力とは一体どのようなものなのだろうか。

ミュージシャンというよりも、エンターテイナー?

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 先程の動画を参照してもらえば分かるだろうが、DJという仕事は単に音楽を流すのが仕事というわけではない。彼らは音楽を操る魔術師でありながら、同時に空間を(人々を)盛り上げるエンターテイナーでもあるのだ。そこに彼らの人気の秘密はある。

 例えばデイヴィッド・ゲッタは上の写真のような手を広げるアクションを好む。これはお客さんのテンションを上げる際にするアクションで、人々も「ここから盛り上がるんだ!」と暗黙の内に理解できるのだ。
 
 こういったポーズ以外にも、DJはマイクを使ったパフォーマンスもする。曲間はもちろん、曲中であろうとお構いなしのマイクパフォーマンスを披露してくる。これは一見、無秩序な音楽空間に見えるが、同時に「自由」な音楽空間となる。そこにこそフェスの醍醐味、もといDJが求められる理由があるのだ。

ミュージシャンの幅に限定されない自由な音楽空間

 EDMフェスティバルが21世紀の新・ムーブメントとなり得る背景にEDMというものは切っても切れない関係にある。それはEDMフェスとアーティストライブの違いにもなる、「ミュージシャンの幅に限定されない自由な音楽空間」という言葉で表される。

 こんな経験はないだろうか。好きなアーティストがいても、そのアーティストが好きな友達がいない。別に好きなアーティストじゃないけど、誘われたから行ってみた。そしたら、曲がイマイチ分かってないから、案の定浮いた。

 一般的なアーティストライブというものは、基本的に単一アーティストのライブに行くものだ。だから、その空間は絶対的にそのアーティストのことが好きな人々の空間になるのだ。そこに別に興味もない人が行っても、なかなか馴染むのは難しいだろう。

 しかし、EDMフェスの場合は違う。EDMフェスには「誰のライブでもない、誰でも楽しめる自由さ」があるのだ。これをどう捉えるかという問題になってくるが、確かに単一アーティストによる音楽ライブは、周りも好きだという認識があり一種の特異空間になるかもしれない。

 しかし、それは同時に制約にもなり得るのだ。そのアーティストのことが好きでないければ行けない空間にもなってしまう。種々雑多な趣味を持つ友人同士で、気軽に行ける空間ではないという側面も持っているのだ。

 これに反して、EDMフェスは「自由性」が確立されている。それは誰のライブでもないからだ。出演するDJも豊富で、「デイヴィッド・ゲッタが見たいから」という理由で行く人も少ないだろう。

 さらに言えば、特定のDJが好きな人間=EDMが好きな人というある程度の限定もできる。デイヴィッド・ゲッタが好きだけど、他のDJは大嫌いという人がいるとすれば、どうかお目にかかりたいものだ。

 だからこそ、EDMフェスは「ある程度の(好きな音楽の)共通性を持った人間なら、誰でも楽しめる自由な空間」と定義できる。これがアーティストに縛られないということになるのだ。

合法的に騒げる空間「EDMフェス」

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 これは個人的な推察に過ぎないが、EDMフェスの醍醐味はおそらく「騒げる」ことに集約されるだろう。無論、音楽を楽しむことも大切だ。しかし、それはあくまでひとつのファクターに過ぎず、彼らがわざわざお金を払ってチケットを買うのは、EDMフェスという「空間を楽しみたいから」だと常々感じる。

 これは一般的なアーティストライブでも同じことだが、少しニュアンスが違ってくる。アーティストライブが求めるもの、それは会場の一体感だ。特定のアーティストが好きな人々による、統制された一体感が会場にはあふれているのだ。

 しかし、EDMフェスの場合はこれと少し異なる。端的にいえば、無法地帯なのだ。自分の好き勝手に好きなテンポで好きな味わい方をできる音楽空間。「Don't think, Feel」が示すように、周りに合わせるのではなく、自分の感じるままに音楽を楽しむ。これこそがEDMフェスの醍醐味のように(筆者には)感じられる。

 これは無論、EDMという音楽が若者向けの音楽であることも根拠として挙げられる。自由に騒げる空間は、今の(阿呆な)若者に求められている空間でもある。合法に大声を上げ、気ままに騒げる。現実離れした一種の非現実空間としても、EDMフェスは求められているのかもしれない。

ド派手な演出で「視覚」を楽しませる。

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 EDMフェスのもうひとつの醍醐味は、その「空間づくり」にあるのだ。要は、ライブ会場での演出ということだ。

 上の写真はUltra Music Festival Minamiの様子。ステージの真上から高らかに打ち上げられる花火たち。こういったインパクト大な演出もEDMフェスの醍醐味のひとつで、こういった演出以外にも様々なド派手演出が見受けられる。

 このように、EDMフェスには聴覚だけでなく、「視覚」も楽しませる空間が出来上がっているのだ。EDMフェスというものはライブというよりは、お祭りに近いのかもしれない。
出典:thissongissick.com
 ちなみに、EDMフェスティバルにはそれぞれに個性(アイデンティティ)がある。Ultra Music Festivalは近未来的な演出が売りだが、UMFと並ぶ世界最大級のEDMフェス・TomorrowLandは、ディズニーを連想させるような会場演出となっている。日本のディズニーランドなどでEDMフェスを開催してみたりしても面白いかもしれない。

ビジネスチャンスを見いだすことは、広がりを見いだすこと。

 以上がDJやEDMフェスに関する紹介・推測だったが、こういった21世紀の新しい音楽ムーブメントとなっているEDMから見えること。それはビジネスチャンスを「広がり」から見いだすということだ。

 EDM・DJというものが市場に出て、ビジネスモデルとして活動するにはフェスやクラブなどの「場所」が必要不可欠だった。それは上記で挙げた、市場規模の内訳を見てもらえば分かるだろう。20世紀の彼らには、そのような場所が用意されていなかった。

 EDMやDJが新しいわけでも、大規模なショービジネスが新しいわけでもない。どちらも革新性を備えていたわけではないが、両者を結びつけることで一大ビジネスとなり、今では2200億円近くの市場規模となった。

 ビジネスチャンスを見つけることと、ビジネスを作り出す(クリエイト)ことは必ずしも=(イコール)ではない。ビジネスチャンスというものは、実は身近の至るところに転がっているものなのかもしれない。

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