1. 「ネット上のエンブレムは、学校の課題と変わらない」:盗用騒動から学ぶ“デザイナーの本分”とは

「ネット上のエンブレムは、学校の課題と変わらない」:盗用騒動から学ぶ“デザイナーの本分”とは


9月1日、佐野研二郎氏がデザインした2020年東京オリンピックのエンブレム使用中止が決定した――。

ベルギーのグラフィックデザイナー、オリビエ・ドビ氏が、自身のデザインしたロゴマークに似ているとして使用差し止めを求めたことに端を発した盗用騒動。「デザインとは何か?」「デザイナーの価値とは何か?」 、多くの人がこれまでにないほど考えを巡らせたのではないだろうか。

そこで、数々のデザイナーと組んでプロジェクトを成功させてきた編集者の草彅洋平さんに、今回の騒動についての見解をはじめ、デザイナーという職業に求められることについて聞いた。

※本インタビューはトートバッグや空港写真などの盗用問題、佐野氏の人格等についてはすべて切り離し、扱っておりません。あらかじめご了承のうえお読みください。

デザインは“プロの目”で評価されてきた世界。その世界が大きく変わろうとしている


――佐野研二郎氏のエンブレム問題は“パクリ”か“パクリじゃない”のかが議論の中心となりました。そのことについて、いかが思われますか?

草彅:
もちろん意図的にパクっていたら大問題ですし、糾弾されても致し方ないでしょう。ただ今回は世界的に名誉なプロジェクトですから、佐野氏が盗用したロゴを提案する理由は一つもありませんし、不幸が重なってしまったと思います。

UIデザイナーの深津貴之氏が著した「よくわかる、なぜ『五輪とリエージュのロゴは似てない』と考えるデザイナーが多いのか?」はこの問題について語っている中で抜群に読みやすく、デザイナー側の立場から見た解説としてネット上でも大きな話題を呼びました。

本来であれば佐野氏側、運営委員会側、審査員側から、こうしたデザインについて分かりやすく説明したものを足並み揃えて発表すべきだったかもしれませんが、対応が遅かったことも誤解を生んでしまった一因かもしれません。

審査の方法に対しても、デザイン業界の身内的な体質がこのような問題を生んだのではないかと、さまざまな疑問が投げかけれられてしまいました。

ただ、僕個人の意見としてはものづくりを経験したことがない人がデザインについてあれこれ言うことについては違和感があります

――それはなぜでしょうか?

草彅:
デザインは美意識が一番大切とされているからです。「かっこいい」とか「美しい」という、漠然とした「感覚」を査定するには、審査する側がきちんとした審美眼と信用を持っていなければそもそも評価できません。

たとえば、1964年東京オリンピックのポスターを手掛けた、グラフィックデザイナーの亀倉雄策氏も「多数決でデザインの良しあしを決めるのは馬鹿げたことだ。特に有識者とか市民代表の意見はいらない。あくまで専門家が選ぶべきだ」(野地秩嘉『TOKYOオリンピック物語』より)と述べています。デザイン界の第一線にいる佐藤卓さんも「デザインの決定に民主主義はあり得ない」とインタビューで語っています。

どちらも専門家、つまり「目利き」が選定すべきという意見ですが、これはものづくりに一度でも携わったことがある人であれば、素直に同意できる見識でもあります。

見る人が見れば、デザインレベルというものは一目で分かります。デザインとは無関係の人に美とは何か、いいデザインとはなんなのかを言語で説明するのは非常に難しい話ですから、その道のプロに選んでいただくのがあらゆる賞の一般的な形式になっています。

しかしながら、今回から大きく話が変わっていく可能性もあります。日本国民全体で祝福しようとしているオリンピックで、これだけ大きな問題となってしまった以上、専門家だけが正しいというロジックでデザインを決定していくのは民意を得られない可能性があります。大事なのはきちんと説明していく姿勢です。

強い信念と正確に伝えられる言葉を持ったデザイナーしか、今後この大きな仕事は成し遂げられないでしょう。

創造者を目指す「姿勢」と「意識」がデザイナーの価値を高める


――デザインの良し悪しの評価に留まらず、なかにはエンブレムを自作してネット上にアップする人も現れていますが、このことについてはどう思われますか?

草彅:
僕にはネット上にアップされているものは、学校の課題と変わらないなと思うんですよね。

学校の課題とデザイナーの作品、何が違うかというと、クライアントワークかどうか、つまり発注者がいるかいないかです。ここが決定的な差ですよね。

クライアントワークの範疇で、相手の色々な要望や条件を踏まえたうえで答えを出していくこと。それが本来のデザイナーの役割だと思うんです。

――そこはデザイナーとクリエイターの違いとも言えますよね。

草彅:
そうですね。そもそもデザイナーはクリエイターではないんですよ。そこを勘違いしている人が多いと感じます。

僕は、デザイナーって精神科医とか青森のイタコのような存在、つまり媒介者だといつも思っているんです。

たとえば、僕が美容室を新しく立ち上げるとして、ロゴを作りたいと考えているとします。デザイナーに依頼するとき、ロゴのイメージになるための自分の事業のビジョンを正確に説明しなければなりません。

でも、実際に店舗も何もないわけですから、自分の好みだったりビジネスプランを伝えるだけの漠然としたイメージになってしまいます。

じゃあ、どんなロゴにまとめていくかというと、デザイナーが発注者へのヒアリングを重ねたり、過去のデザイン案を参考にしながら色や形を一つ一つ決めていき、イメージを具体化していくわけです。

そこで僕も「ああ、こういうイメージだった!」とか「何かが違うなあ」とか、考えていたことが急に具体化してきて、インスピレーションをもらったりします。だから、デザイナーという職業にはカウンセリングに近い会話が絶対欠かせないですよね。

――結果としてデザインが似ているかどうかではなく、そういう試行錯誤を重ねたかどうかが大事だということでしょうか。

草彅:

はい。例えば今回の出来事も料理に置き換えてみると分かりやすいかも知れません。

たとえば料理人が麻婆豆腐のお店をはじめたいと思ったとします。もちろんお店を出すにあたって、必ずしも麻婆豆腐の創始者である必要はないわけです。でも、そのお店ならではの味を生み出してテイストバリューを作り出そうとしますよね。創造者ではなくても、料理人として自分だけの麻婆豆腐を出す努力をしていく。ここで麻婆豆腐を提供したからといってパクった、パクってないみたいな話は出てこないですよね?

このお店にはオーナー、すなわちクライアントがいて、オーナーの意向も反映されていきます。さまざまな素材を組み合わせ、自分だけの麻婆豆腐を作り出し、オーナーを満足させ、お客様を唸らせようと努力するわけです。

僕はデザイナーは料理人に近い仕事をしていると思っていますよ。イラストレーターを使って製作しているため、すべてをオリジナルで作り出すなんてことはできません。もちろん、いつかオリジナルを作りたいと願い、その姿勢を謙虚に持ち続けている人が成功すると思っています。

デザイナーの求められること。そしてこれから


――草彅さんは色々なデザイナーの方とお仕事をされていますが、優秀なデザイナーに共通する点はどのようなところだと思われますか?

草彅:
僕は、デザイナーが提出してきたデザインの良し悪しを決める仕事をしています。

クライアントに見せる前に僕が見るので、いわゆるプロデューサーや編集長的な立ち位置なので、デザイナーに依頼した内容が僕とズレていないか、クライアントとズレていないのかを提案前に見極めるんです。

そのため、デザイナーがこのデザインがいいと言っても、方向性が間違っていれば僕がひっくり返すことも多々あるわけです。デザインが一回の提案で完結することは、まずないですよね。

なので、「ここをもうちょっとこうした方がいいんじゃないか」という提案を受けて直してきたものが、期待や僕らの想像を上回り、いい意味で裏切られると優秀だなと思います。

悩んでいてどうしようって考えていることを、「こういうことですよね」って形に落とし込んで導いてくれるデザイナーと一緒に仕事をしたいですね。

あと、優秀な方に共通することがあるとすれば、文字のサイズで強弱つける優先順位のつけ方がうまかったり、よく本を読んでいる人というのが挙げれます。

デザインを作るうえでは日本語の使い方や、相手が言わんとすることを理解する読解力、要約力が必要なので読書する人は強いのかもしれません。また、活字が好きでないと文字の表現は甘くなります

――エンブレム騒動を経験して、今後デザイナーに求められるものは変わると思われますか?

草彅:
ロゴであれば商標登録が取られているかそうでないかが全てだとは思いますが、もし似ているデザインが見つかった場合の処遇などについては、今後契約書に盛り込まれてくるのではないでしょうか。ただ、デザイナーが世界中のデザインをすべてチェックするというのは無理な話なんです。

そもそも、どれだけシンプルにしていくかというのがデザイナーの手腕であり、才能。そこの評価はこれからも変わらないと思います。

いまはウェブデザインが特にそうですが、誰が作ったか分からないアノニマスなデザインが求められる時代です。でも、これに懲りず、個性的なデザインを提案していく姿勢をデザイナーには持って欲しいですね。

才能ある人しか残らない、稀有な世界がこの業界なんです。そしてほとんどのデザイナーはみんな安月給で遅くまで働いていますよ。

佐野氏だって、たった100万円しかもらっていないにも関わらず、それでここまで叩かれ、返金までしている始末です。そんなリスクばかり取らされる苦しい、安い業界では誰も働きたいと思わないでしょうから、本件を教訓に企業はデザイナーにもっとお金を払っていくべきだと思いますね。

デザイナーの重要性というのが、みなさんよく分かったことでしょうから(笑)。

Interview/Text: 末吉陽子
Photo: 神藤 剛(人物)

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