1. 「人を大切にする」文化が築き上げた宝塚の歴史。100年続く組織に不可欠な要件とは?

「人を大切にする」文化が築き上げた宝塚の歴史。100年続く組織に不可欠な要件とは?


 世界に向けたコンテンツ発信の時代、関西発のショービジネスは、どのように進化を遂げていくのだろうか。日本の笑いをリードする吉本興業の水谷氏、100年を超える歴史を持ち、国内外で熱狂的な支持を受ける宝塚歌劇の岩崎氏、関西に生まれ横浜の地でベイスターズを率いるDeNA春田氏が「G1地域会議2014関西」にて語った内容を3回にわけてお届けする。





第1回

スピーカー

吉本興業株式会社 取締役 水谷 暢宏氏
宝塚音楽学校 校長 岩崎 文夫氏
株式会社横浜DeNAベイスターズ 取締役オーナー 春田 真氏

モデレーター

株式会社BS-TBS コンテンツ推進局局長 丹羽多聞 アンドリウ氏

見出し

・「人を大切にする」文化が築き上げた宝塚の歴史
・収入がコストを常に上回っていなければ球団は存続しない
・宝塚の集客は「営業力」に秘密あり?
・吉本興業の集客はテレビとの連携に尽きる

「人を大切にする」文化が築き上げた宝塚の歴史


丹羽:では続きまして、岩崎さんに宝塚の「強み」というか「歴史」について、お伺いできればと思います。

岩崎:宝塚の歴史については先ほども少し触れたんですけど、昭和28年に創業者の小林一三が「四十年史」というものを作ったんですね。

 その序文に、「とにかく電車に乗せるお客様を増やさなければいかん。そのために歌劇を作り、動物園も作った。また百貨店・デパートも作り、住宅経営もできた。ただ、こういった施策がここまで成功するとは思ってもみなかった」と書いてあり、「自分自身も驚きを覚えた」と言っています。

 その一方で、「自分の事業というのはとにかくその場その場で精一杯努力して、目の前の仕事をこなしてきた。ベストを尽くしてきた結果である」とも書いてあるんです。

昭和29年までは「男性部員」も募集していた

 宝塚の100年というのは、本当に紆余曲折で、決して平凡に来たわけではありません。実は昭和21年から昭和28年まで、小林一三はそういった不安から「男性部員」を募集し、男性部員がたくさん入りました。

 その頃に宝塚に在団されていた方(90歳前後)がまだ何人かご存命で、つい最近ですけど宝塚記念館というところで、その方たちと座談会をしたことがあります。

 そのとき、「宝塚の舞台の階段を降りたかった」という話が挙がりました。バレエ教室を開店させたり、生涯バレエを続けたり、振付師になられたり、あるいは演出家になったりした方(西野バレエ団の西野さん)がいますが、一度も舞台に立つことなく昭和29年にやめました。

 小林一三が男性部員の募集を止める決断をしたのですが、実は生徒の大反対をうけてやめたんです。男性がいると、「続かない」「汚らわしい」ということを言われたとおっしゃってました。

 その生徒の声を聞き、せっかく昭和29年まで続いた「男性部員」の宝塚歌劇団は、小林一三の決断をもってやめたということになっています。一つには、先ほど申し上げましたように、生徒の力が永遠と今も続いているということですね。

 宝塚は、初年度に小学校出の女の子を20人採用したんですけど、給料が当時の大卒の(大正2年時)初任給くらいを出していました。ですから、宝塚という田舎に地方から学生が通うということ、それから山奥へ良い待遇で就職をするということに疑問を持った親がついてきて、ずっと見張ってたという話もあるくらいです。

 それと、昭和19年の3月に宝塚大劇場がアメリカ軍に接収されたんですけれど、接収される直前に劇場を閉鎖しました。そのときに在籍していた生徒は全員帰ったんですけれど、その頃は生徒に退職金を出していました。そのお金で2〜3年食いつなげたという人がいます。

 小林一三は非常に厳しく、徹底した合理主義だったんですけれど、生徒を本当に大切にしました。その伝統は今でも生きています。

 ですから、よく身内で話をするんですけれど、100年続いた一つの理由は「人を大切にしてきたから」だと。今でも私自身、校長職として全国から毎年40人採用しますが、この25年間で未だに入試倍率が25倍を下回ったことはありません。最高では48.25倍という入試倍率のときもありました。それでも、採用するのは40名。

 素晴らしい子たちが、宝塚という田舎に関西どころか日本国中、全都道府県から受験しに来られます。その中の40人ですから、採用できる人は非常に限れらています。

 特に東京から宝塚に受験しに来られる子が多いです。最近の傾向では、海外から受験しに来る子も多くいます。実は今在籍している子たちの中にも、アメリカのロサンゼルス、ヒューストン、台湾から来ている子が各学年に数人います。

 すでに舞台に出られている先輩方も、そういった方が随分増えてきています。そういったことに対して、対応していかなければいけないのですが、毎年20人前後の人が受験しにくる。今でこそ、そういった状況になっていますが、とにかく紆余曲折を経て、今に至っています。

スタッフがどんどん変わっていくことが長く続く秘訣

 もう一つは、プロフィールにも書かせていただきましたけれど、私が80周年のときに宝塚歌劇団の星組のプロデューサーをやっていました。その経験もあって、実は4年前に校長になったんですけど、20年ぶりですから、生徒を連れて大劇場の中を見学させたんですね。

 初めてのときは一応私が引率して、生徒たちを連れて歩いたんですけど、そのときに驚いたことが一つありました。というのは、舞台のスタッフが40人の生徒を4〜5つのグループに分けて案内してくれるんです。

 そのスタッフの方が、20年前にいた私に挨拶をしてくれるんですが、舞台装置から照明、衣装、大道具・小道具と20年前にいたスタッフは全員変わってました。

 そのときに「世代交代をしているのは生徒だけではないんだ」と気づいたんですね。20年前にぺーぺーで新人だった人たちのほとんどがリーダー(責任者)として、在籍していました。演出や振り付けにおいても同じで、スタッフが代わってきていることが長く続いた一つの秘訣なんだと思います。

丹羽:ありがとうございます。すごい倍率がある中、優秀な人を採用し大事にして、その人が変わっていっても伝統と力が続いていくということですね。では続きまして、春田さん、今後長く続けていくという意味も含めて、どんな風にお考えでしょうか?

収入がコストを常に上回っていなければ球団は存続しない


春田:野球自体が80年くらいの歴史なので100年ということでいくと、野球自体も伸ばしていかなければいけないですね。とはいっても、球団が持つのか持たないのかっていうのは、端的に言ってしまえばキャッシュが尽きるのか尽きないのか。収入がコストを上回っている状態が常に続いていないと存続できないということを我々は基本的な考えとして持っています。

 「株式会社 横浜DeNAベイスターズ」とあるように、株式会社がチームを持っていて運営しているという形になっています。しかし、実際のところ各球団で収支を単独で見たときに黒字になっているのは、数球団しかありません。にもかかわらず、続いているのはなぜか。それは親会社が補填しているからです。

 なぜ補填できるかというと、昔の国税庁の「課税通達」だったか、親会社が補填しても寄付行為という形にならないんですね。つまり、損金扱いにできる処理の仕方が決められていて、親会社が毎年毎年、補填しているから続いているのが実態です。

 それを前提として我々が球団に入ったときに、球団の社員の頭の中に「売上をあげなければならない」「コストを下げないといけない」といった考えが基本的にないことにすごく驚きました。

 例えば、参入が決まってすぐに「主要なスポンサーやお客さん回りをしましょう」ということで、「主要なお客さんのリストを出してください」と言ったら、「ない!」と言われる。そういうところからスタートするんですよ。

 もうちょっといくと、2月からキャンプが始まるんですけど、「昨年のキャンプの収支どうだったんですか?」と聞いたら、ないんですね。それはなぜかというと、滞在費は◯◯円、輸送費は◯◯円といった個別単位での収支はあるんですけど、全体の収支というのが全くない。

 そうすると、「今年はどこをどう削減するか、どこをどう効率化していくか」っていうことが何も考えられないんですね。その状態でずっと運営されてきていて、これは横浜に限った話だけではなく、他の球団でも多く見られるところだと思います。

 それがここ何年かは、各親会社が毎年数十億円を補填するのがしんどくなってきている。そのため、結果的に「球団も自分たちで収入を稼いでください」という形になってきて、各球団が色んなことをやるようになってきました。

 細かいことは色々あるんですけど、様々な野球のイベントや企画というのを目にするようになったのは、ここ数年のことだと思うんですよ。それは、球団の方で収入を求められるようになったからなんですね。

球団の経営は4つの収入をどう増やしていくか

 特に我々のセ・リーグところでいくと、収入面で一番大きかったのはジャイアンツ戦の放映権料。球団の経営っていうのはものすごくシンプルで、チケット収入、テレビ放映権、物販、スポンサードという4つの収入をどう増やしていくか。

 以前は、放映権っていうのが圧倒的に高かった。放映権のなにが良いかというと、コストがほとんどかからず、売り切りなんです。トップラインに入っているものが、ボトム(下部)にも影響を及ぼす。逆にそれがハケちゃうと、その分まるまるマイナスになってしまうというシンプルな構造で、TBSさんが最初マルハさんから引き受けられたときは色んな話があったと思います。

 それも含めて大丈夫だと思っていたものが、どんどんなくなっていき、「なんで球団を持ってなければいけないんだ」ということになった。

 一方、パ・リーグの方はジャイアンツ戦のような放映権というものがないので、昔から色んなことをやっていかなければいけなかった。だから、球団が売買されている数が多いのは、もともと収入の少ないパ・リーグなんです。

 パ・リーグの方が進んでいるというのは、もともとしんどい中で改革をしていかなければならなかった背景があったからだと思います。しかしながら、最近セ・リーグの方でも悠長なことは言ってられないという形になってきているため、色んな変革が行わるようになってきました。

 100年といわず、長く続けていくためには球団独自で収支を賄えるようになっていかないと、結果的に親会社の業績によって左右されてしまうので、チームはどこかに引き受けてもらえるかもしれませんが、「株式会社 横浜DeNAベイスターズ」というのは持たないと思っています。

 ですから、「ちゃんと自分たちで収支を賄えるようになるべく、改革を続けている段階でして、これはおそらく各球団も目指しているところだと思います。

 野球は興行なので相手チームがいないと成り立ちません。1チームでは存続しないし、2チームでは同じことしかやっていないので面白くない。だから、野球興行をやるチームが一定数ないといけない。基本的には自分たちの球団の経営をしっかりさせる。その前提の上で、リーグ全体にどうやって拡大させていくのかが大事になる。

 すぐにリーグビジネスみたいな形で「セ・リーグはなかなかやらない」とメディア的に言われたりするんですけど、実はそんなことはなくて、まずは各球団でやれることをしっかりやらないと結果的にリーグでできることはないんですよ。

 その部分を冷静に見てやってるだけなんですけど、まずは自分たちで収支を賄えるようにしていくことが重要だと思っています。

丹羽:ありがとうございました。宝塚さんや吉本さんが100年続けていく上で、色々迷ったということもあったと言っていましたが、今まさに迷いながら改革を進めているところと承りました。

 続きまして、春田さんからもいただいたように「興行」ということで、集客がやっぱり大事だと思います。ちょっと客観的に見ると、私どもは先週の水曜日から日生劇場でやっている『伯爵令嬢』に数十%出資させていただいてるんですが、とにかく女性のお客さんの数がスゴいですね。もちろん男性もいるんですけど。それで、お笑いも不思議なもんで女性が多いように感じます。

 球団だと家族だったり、どちらかというと男性が多く、それぞれの業種で客層は違うと思うのですが、集客についてどういった秘策があるのか、またどうやっていくのか、その辺の秘密を聞きたいなと思います。では、岩崎さんからお願いします。

宝塚の集客は「営業力」に秘密あり?

岩崎:一つには、以前阪急も球団を持っていたんですけど、夜に試合をすることが多かったので、実は今でも宝塚には男性ファンがけっこういる。しかし、基本的には昼間の公演なので、吉本さんや歌舞伎とも同列かもしれませんね。昼間に公演するということは、実質的に今の日本社会では男性はなかなか通えません。

 もちろん絶対数は女性の方が圧倒的に多いですけど、男性ファンも少なからずいる。例えば、昔阪急ブレーブスで活躍した福本選手などは、今でもリピート客として何度も足を運んでいただいている。

 集客ですけど、この講演の冒頭で「関西発」という言葉が出てきましたが、宝塚歌劇の場合は最初から「宝塚発」です。今でもオリジナルの作品を作ると、まず宝塚で公演を開催し、それを東京に持っていくというのが当たり前の形になっています。

 雪、花、星、月、空と5つの組がありますけど、それぞれオリジナルの公演を宝塚で行い、それを東京に持っていくという伝統はいまだに変わっていません。意外とその時々で変遷はありますが、実は20年前は宝塚の作品ですら、大阪の梅田で公演することがなかなかできなかった。

 その後、「飛天」という劇場を作りまして(今は「梅田芸術劇場」という名前で呼んでますが)、ここで公演を定期的にできるようになったのですが、20年前は夢とまではいきませんが、なかなか実現が難しい世界でした。

 それが最近では、渋谷の「東急シアターオーブ」という劇場で定期公演をすることになりました。以前から定期的にやっていた公演は、宝塚大劇場の横にある小劇場で行う「バウホール公演」、それから「飛天」の下にある「梅田ドラマシティ劇場」で行う公演、東京では遥か昔からやっているですけど、千駄ヶ谷にある「日本青年館」での公演、それから福岡の博多座で毎年8月に行う1ヶ月公演。

 また、それとは別に地方公演というのも年2回やっていて、これは北海道から沖縄まで、場所は選定させていただいた上でずっと続けている。

 ですから、平均すると宝塚は毎年1100回くらいの公演を行っています。毎日、3回弱の公演をしています。これも集客の一つの努力といいますか、営業は劇をどこへ持っていくか、常に走り回って考えています。そういったスタッフの総合力が宝塚の集客力につながっていると思います。

丹羽:ちょっと質問させていただいてよろしいでしょうか? 自前で持っている劇場は幾つあるんですか?

岩崎:宝塚大劇場、東京宝塚劇場、バウホール、梅田芸術劇場、これだけです。

丹羽:4つあるんですね。やっぱり、自前で劇場を持っているというのは編成をする上でも重要になりますか?

岩崎:重要ですね。特に宝塚大劇場は、少し視点がズレますけど生徒や私も含めて、宝塚歌劇に携わる者にとっては故郷のような存在。ですから、地方公演で北海道から九州まで転々と公演をして帰ってきた子たちと私なんかが道で会うと、「帰ってきました」と非常に嬉しそうに挨拶をしてくれます。もちろん、私からも挨拶をするようにしていますけれども。

 昭和13年に初めて海外公演を行い、その後25回の海外公演をするのですが、アメリカ、イギリスから帰ってきても、みんな「ホッとする」と言います。宝塚がそういう意味では、心の故郷のような存在。その象徴が自前の宝塚大劇場です。

丹羽:ありがとうございました。では、続いて水谷さんお願いします。

吉本興業の集客はテレビとの連携に尽きる


水谷:うちの集客はやっぱりテレビとの連携に尽きますね。一番顕著に表れたのは、漫才ブームのときで、それまでは劇場の出し物を関西ローカルの「吉本新喜劇」とかで放送させていただいていたのが、全国ネットの番組にドンっと出たので、全国からお客さんが来るようになった。

 集客という意味でいうと、いかにテレビと連携して人気者を劇場に出していくかが一番大事ですね。私たちのお客さんは意外とリピーターがいません。関西に住んでいて、「1年に2回くらい、よしもと行くよ」という方は見たことないですね。「◯◯道楽さんと一緒かなー」なんてことを言ってるんですけど(笑)。

 大阪ではある意味、観光名所であって、「大阪はこんなイメージ」っていうのをしっかりと味わって帰っていただくものの一つであればいいかなと思っています。

 あと、女性のことでいうと「なんば花月」っていう大きい劇場は老若男女が意外と集う場所です。女性でいくと、「二丁目劇場」や「ファイブアップよしもと」という若い漫才師が登場する劇場には若いファンがつくので、そこは女性ばかりですね。

 大きい劇場には老若男女が集まりますけど、うちの客層で女性客が多いかというと、そんなことはない。ただ、結局のところ「お笑い」ってお茶の間でテレビを見る女性に支えられているので、潜在的なファンは多いと思います。

丹羽:ありがとうございます。ちなみに吉本さんは、劇場は自前でいくつくらいお持ちなんでしょうか?

水谷:いくつあるんでしょうね。

丹羽:昔、30あるって言ってましたよね。

水谷:そうですね、今は10館あります。「なんばグランド花月」「祇園花月」「ルミネtheよしもと」「神保町花月」「浅草花月」、あとは沼津や埼玉の方にも劇場があり、あとは無限大ホール、ファイブアップよしもと、最近は道頓堀ZAZAのプロデュースもさせていただいておりますので、今後もちょこちょこ増えていくと思います。(続く)





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