1. たまには、ひとりになろう。吉本隆明氏が語る『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』

たまには、ひとりになろう。吉本隆明氏が語る『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』


 テレビのワイドショーでは度々「ひきこもり」が問題視され、社交的ではない人のことを指す「コミュ障」といった俗語があることから「ひとりでいること」はネガティブな意味で捉えられがち。

 しかし、「戦後思想界の巨人」と呼ばれる吉本隆明氏は、ひきこもることは決して悪いことではないと述べています。

 今回、彼の著書である『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』から、「ひとりでいること」に関する考え方と、社会的に問題視される「ひきこもり」の原因はなにか、吉本氏の言葉を引用しながら紐解いていきましょう。

「ひとりでいること」は決して悪いことではない

 コミュニケーション能力が高い人や社交的な人のほうが、引っ込み思案な性格の人よりも優れているといった風潮があります。しかし、吉本氏はこれに異を唱えました。

ぼくは決してそうは思わない。世の中の職業の大部分は、ひきこもって仕事をするものや、一度はひきこもって技術や知識を身につけないと一人前になれない種類のものです。

出典:吉本隆明(2006年)『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』

 営業職や接客業など、コミュニケーション能力が重視される職業もあります。しかし、どういった職業でも成長するための過程において、誰もが「ひきこもる」必要があります。

 ひとりで行う勉強や思索する時間が、成長に導くと言い換えることもでき、ひとりでいることは決して悪いことではないとわかるでしょう。

自分だけに通じる言葉をもつこと

 ひとりになることで特別な価値が生まれるそうです。それは、自分にだけ通じる言葉をもつこと。

ぼくは、言語には二種類あると考えています。
ひとつは他人に何かを伝えるための言語。もうひとつは、伝達ということは二の次で、自分だけに通じればいい言語です。

出典:吉本隆明(2006年)『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』

 吉本氏は、言語を二種類に分けました。私たちが日常的に人と会話をしているときに使っているのが第一の言語。ひとに何かを伝えるときの言葉です。

 そして、ひとりになることで生まれるのが第二の言語。何かに感動したとき、伝える言葉とは別に、思いも寄らない言葉が内面に浮かび上がってくる経験がある人もいるのではないでしょうか。それが、自分だけに通じる言葉です。

 吉本氏は、この二種類の言語を「指示表出」と「自己表出」とし、他の書籍や講演でも頻繁に取り上げています。それだけ、彼はこの二種類の言語を重要視していたということでしょう。

「偽の厳粛さ」に耐えられず「ひとり」を選ぶ人も

 「ひきこもり」が話題になることの多い学校教育の現場。こうした場において、吉本氏は次のような考えを持っています。

偽の真面目さ、偽の優等生、偽の品行方正――先生が求めているのは、しょせんそういったもので、見かけ上だけで、建て前だけ申し分のない生徒でいればそれでいいのです。(中略)
ぼくはそれを「偽の厳粛さ」と読んでいますが、とにかく先生と生徒の両方でウソをつきあって、それで表面上は何事もなくうまくいっているような顔をしているという、そういう空気がたまらなく嫌でした。

出典:吉本隆明(2006年)『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』

 吉本氏は、本心では無いことにもかかわらず、目上の人の気に入るような振る舞いをせざるを得ない場面のことを「偽の厳粛さ」と言いました。これは、学校だけでなく、どのようなコミュニティにおいても言えることでしょう。

 こうした空気をいち早く敏感に感じ取り、受け止めきれない人が「ひきこもり」になってしまうのではないかと、吉本氏は述べています。


 今回、『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』から、吉本氏の言葉のごく一部をご紹介しました。他にも、引っ込み思案と恋愛、「死」に対する考察、自身の「ひきこもり」経験について書かれています。気になった人は、ぜひ読んでみてください。


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