1. システムが私たちの思考を奪っている? 本質的に問題を解決するための『森を見る力』とは

システムが私たちの思考を奪っている? 本質的に問題を解決するための『森を見る力』とは

by khf_fjs
 
 私たちは日常的にインターネットを利用し、情報収集や問題解決のために活用しています。例えば、自分の足で美味しいお店をあちこち歩いて探す前に、インターネットで店の場所や評価、メニューなどを調べますよね。
 
 このように、生活で知りたいことや困ったことが出てきたとき、ネットを活用すれば即座に答えが得られます。しかしその代わりに、自分の足で調査したり、本を読んだりなどの経験から情報を蓄積することは少なくなっているのではないでしょうか?

 『森を見る力』の著者は、インターネットが社会を便利にした反面、生きる力を弱めていると述べています。そして、情報があふれる今の時代には「森を見る力」が必要とのこと。では、『森を見る力』という本の内容を少し覗いてみましょう。

木を見て森を見ず

「木を見て森を見ず、という言葉があるが、近頃の学者ときたら、森どころか木すら見ないで、枝とか根っことか細かいところばかり見てる。枝や幹を研究するためには、同時に森を見る力が必要なんだ」

出典: 橘川幸夫 (2014) 『森を見る力』
 
 パソコンが普及する前、研究者は何を研究するのかを探し出すことが最初の関門でした。研究テーマを模索するために自分のテーマ周辺の研究も行うことで、研究者は幅広い教養を身に付けていました。
 
 しかし現在、研究テーマなどがデータベース化されたことで、その領域での世界的な課題が明確に分かるようになっています。今の若い研究者は余計な研究をせずに、いきなり世界最先端のテーマに取り組むことに。これでは、基礎となる広い知を得られることはないと著者は言います。

 私たちの場合も、ピンポイントな情報という「細部」に固執するあまり、全体を見通す目を失っているのかもしれません。

生きる力の衰退

怪しい人や情報を、自分で判断して、対処出来るような人間に育たないと、社会は、システムに守られ、管理されることによってでしか生きられない人間ばかりになってしまう。

出典: 橘川幸夫 (2014)『森を見る力』

 社会システムは様々な利便性を与えてくれています。駅のホームガードやフィルタリングなど、私たちの安全を守るシステムはいつも身の回りに。しかし、その利便さの裏で「自分で判断して対処する」ことが減っているのではないでしょうか?

 システムによる恩恵が自分自身の生きる力を奪っていくのでは、社会が進歩していく意味はありません。著者は、社会を安全なものとするためにも、 社会システムがダウンしても生きていける能力を養うことが必要であると述べています。

森を見る力

 インターネットで誰もが情報発信できるようになった結果、ありとあらゆる個人の想いや知識があふれかえっています。現代という時代も、人間の様々な好奇心や欲望によって入り組んでしまっている状態に。

 そのような中で、様々な問題を根本的に解決していくためには、「視線の多様性」(現実を凝視しつつ、現実に拘泥しない、自由な視点)を活かすしかないそう。

  現実の問題を直視しながら、それだけにとらわれずに、遠い地点から同時に現実を見る力、それが「森を見る力」です。

 今やインターネットを生活から切り離すことはできません。ただ、インターネットを上手に活用する努力に費やすエネルギーや時間を少しでも、経験や歴史などから学ぶことに使うことで、社会システムに頼らずとも生きていける力を養うことができるでしょう。


 いかがでしたでしょうか? 自身の実際の経験・体験を基に思考し対処できる「生きる力」と、問題を本質的に解決するための考え方「森を見る力」がこれからの時代では必要なのかもしれませんね。

 この著書には他にも、「就活地獄はどこからきたのか」「オーナー・シェフ型ビジネスモデル」など、新しい情報社会の見取り図となるような情報が書かれています。気になった方は、ぜひ一度お手に取ってみては?





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