1. 【全文】Wikipedia創設者は語る「どうして従業員1人でNYタイムズを追い抜けたのか」

【全文】Wikipedia創設者は語る「どうして従業員1人でNYタイムズを追い抜けたのか」

 インターネットで調べ物をするときに、今やなくてはならない存在であるWikipedia。Wikipediaといえば、一般的な百科事典よりも書いてある内容の正確性が高いことでも有名ですが、そのような性格で公平な記事を作成しているメンバーやコミュニティの作り方には、様々な紆余曲折がありました。

 ここでは、Wikipediaの創設者であるジミー・ウェールズがTEDで行った「Wikipediaの誕生」というプレゼンを書き起こしていきます。

※文章中の数値・データ等は、2006年のデータとなっております。

スピーカー

ジミー・ウェールズ / Wikipedia創設者

見出し一覧

・従業員はたった1人。最低限のコストでニューヨーク・タイムズをも追い抜く
・百科事典に勝るWikipediaの記事のクオリティを守るのは「ユーザーの繋がり」
・コミュニティの統治を発言力で支える「有名なウィキペディアン」
・Wikipediaのミッションを果たすためにも、内容の質を守り切る覚悟がある

動画

従業員はたった1人。最低限のコストでニューヨーク・タイムズをも追い抜く

 1962年、後にブリタニカ百科事典の編集長となるバン・ドーレン(アメリカの評論家)は、「理想的な百科事典は急進的であるべきだ」と言いました。しかし、62年以降のブリタニカ百科事典の歴史はまったく急進的ではなく、月並みなつまらないタイプの百科事典へ落ちぶれてしまいました。一方、Wikipediaは「地球上の誰もが自由にアクセスできる、全ての人類の知識の集合」という急進的な考えから始まり、現在でも進めているところです。Wikipediaはライセンスフリーの百科事典で、世界中の何千ものボランティアの人が多言語で執筆しています。「Wiki」というソフトウェアを使っているので誰でもすぐに編集して保存でき、すぐにネットに反映されます。Wikipediaは、実質的に全てボランティアが管理しています。ヨーカイ(ハンガリーの作家)が言う「組織の新しい方法」とは、まさにWikipediaのことです。今日は、Wikipediaの仕組みに関して話します。

 Wikipediaは、私が創立した「ウィキメディア財団」という非営利組織が運営しており、世界中の誰もが無料で百科事典を使えるようにすることが目標です。Wikipediaの製作は、斬新なサイトを作る以上に大きなことを意味しています。世界中の情報格差や貧困に関心があり、皆に必要な情報を届けることで正しい決断をして欲しいのです。世界には様々な課題があり、インターネット上だけでなく様々な場所で問題が起こっています。それがライセンスフリーモデル(自由な使用を認めること)を選んだ大きな理由でもあります。ライセンスフリーモデルは各地の起業家に力を与え、Wikipediaは誰でも好きなようにコピーでき、営利的にも非営利的にも再配布できます。

 世界中でWikipediaを取り巻く多くの機会が生じることになります。Wikipediaは一般からの募金で賄われ、非常にわずか運営費のみで成り立っています。Wikipediaの費用を見せる前に、まず規模を紹介します。英文の記事は60万本以上あり、合計200万本の記事が多言語で執筆されています。Wikipediaの記事数が多い3つの言語は、ドイツ語、日本語、フランス語です。西欧の言語はどれも大規模ですが、英文版のWikipediaへのアクセスが全体の3分の1程度でしかないことに多くの人は驚きます。ネットは英語が中心だと思っている人は多いのですが、我々は世界的で多くの言語を扱っています。

 ウェブサイトの人気度ではトップ50に入り、ニューヨークタイムズより上位にいます。面白いことに、ニューヨークタイムズのサイトは私には見当もつかない人数の社員が運営していますが、Wikipediaの従業員は1人しかいません。彼はソフト開発の責任者で、まだ従業員になったばかりです。編集やサーバーの管理はボランティアがしています。皆さんが想像するような伝統的な組織のやり方とは違います。責任者や担当に関して聞かれますが、参加したい人なら誰でも出来ます。我々の組織はとても風変わりで混沌としています。サーバーは現在3ヶ所に90以上あり、オンライン上にボランティアで協力してくれるシステム管理者がいます。昼でも夜でも、私がネットに繋ぐとサーバーに関する質問などをするために10人程度が待ち構えています。普通の企業では無理ですね。Wikipediaのように常時チームを待機させることは絶対出来ないでしょう。

百科事典に勝る記事のクオリティを守るのは「ユーザーの繋がり」

 Wikipediaでは、毎月約14億ページが閲覧されており、非常に大きいサイトになりました。それでも管理はボランティアに任せています。通信費は月額約5000ドルで、我々の基本的な経費はそれのみです。Wikipediaは従業員がいなくても運営できますが、Wikipediaの開発を2年間していたボランティアを雇いました。まともな暮らしをしてもらうためです。こんなに混沌とした組織を持つと、Wikipediaのクオリティに関する疑問を持たれても仕方ないと感じます。

 実際、Wikipediaは完璧ではなくともかなりの出来です。混沌とした組織にしては想像以上の出来です。多くの人が項目をめちゃくちゃに編集したら出来るものには価値がないだろうと思われますが、品質テストをしてみると、伝統的な百科事典と比べてもWikipediaの方が優れています。これは多くの人に確かめてほしいところです。ドイツのある雑誌がドイツ語のWikipediaをエンカルタなどの有名な百科事典と比べたところ、全面的に我々が勝ちました。その雑誌では専門家を雇って記事の質の比較をしましたが、Wikipediaのほうが優秀だという結果が出ました。

 Wikipediaの「ブッシュ・ケリー論争」を知っている人は多いと思います。この騒動はマスコミも大きく取り上げました。レッド・ヘリング誌の記事が発端です。私に電話してきた記者は私に、「選挙問題が加熱して、コミュニティーを分断させている」と言わせたかったのです。記事では私が、「Wikipedia史上最大の論争」と言ったとされていますが、実際は「論争にすらなっていない」と言いました。全く違うんです。たしかにブッシュとケリーの項目の編集は頻繁に行われていました。何度か記事を保護する必要があったのも事実です。「時には極端な処置も必要となり、ウェールズ氏は2004年の大半の期間ケリーとブッシュの記事を保護していた」とタイム誌に書かれました。記者に「時々記事を保護することもある」と言ったらそのように書かれたわけです。実際は、Wikipedia内で論争になっていると思われていることの多くは全く議論にすらなっていません。

 Wikipediaでは論議を醸し出す記事はたくさん編集されますが、それほど論争になりません。大半の人が中立性を保つ必要性を理解しているからです。大半の人が推測するような思想の争いではなくて、思慮深い人とそうでない人の間で争いが起こります。そういうタイプの人は政治的な思想のどちら側にもいます。「ブッシュ・ケリー論争」で言うと、実はその記事が保護されていた期間は2004年のうち1%未満でした。それは投稿内容が論争を醸し出す内容だったからではなく、どこでも見られる荒らし行為があったからです。「Wikipediaを実際に荒らしてみたが、迅速に修正されるので驚いた」という記者もいます。いつも迷惑行為は止めるようにお願いしています。

 Wikipediaの品質管理の仕組みはどうなっているかと言うと、重要な要素は幾つかあります。大半は社会的ポリシーに関するもので、ソフトウェアに関するものが幾つかあります。品質管理で最も重要なのは中立性を保つことです。中立性の維持は一番初めに取り決めたコミュニティの核心となる原則で、議論の余地は一切ありません。品質管理に関する決まりは協力する上での社会的概念なので、真実や客観性に関してはあまり語りません。真実だけを書こうと掲げても、何を書くべきか決める上で大して役に立ちません。真実の見定めは人によって違うからです。しかし、「中立性」という言葉はコミュニティ内で長い歴史を持っています。論争となる問題についてWikipedia独自の見解を示すのではなく、評判の良いグループの見解を記載することを基本としています。非常に多様なコミュニティこが集まって何かを達成させるためには中立性のポリシーが重要なのです。

 多様なコミュニティが形成されているため、記事の貢献者も非常に多彩です。中立性ポリシーを前提としてかたくなに守ることで果てしない論争に陥ることが無く、誰もが共同して作業できるのです。ポリシーに反する行動が見られるとコミュニティを退くように言われます。ユーザーの行動に関しては、常にメンバー同士で評価しています。記事の変更内容は全て「最近の更新」ページに即時に掲載されます。最近の更新ページはコミュニティのチャット内にも流れます。チャット上で様々なソフト使い、編集内容は監視されているのです。RSSフィードや変更のお知らせも取得できるのでユーザーは自分の監視リストを作ることができます。私の紹介をしているページは時々荒らされるので、大勢のボランティアの監視リストに載っています。変更するときは誰かがすぐ気付き、ただ元通りに戻すのです。

 例えばWikipediaでは新しいページが作成されると同時に他のユーザーはそのページを見ることができます。使い物にならない新規ページを削除するために重要な機能です。荒らし行為に使われてしまう一方、新しい記事はWikipediaで一番面白いものでもあります。ある人が興味深い記事を始めると、それをきっかけに他の人も参加して記事が向上します。匿名ユーザーの編集は論点が始まるポイントであり、Wikipediaの面白い部分です。しかし、匿名ユーザーが編集するのは全体の18%だけです。

 注目すべき点は、常に連絡を取り合っている600人から1000人の緊密なグループがウェブ上の大部分を編集していることです。IRCチャンネルは40以上、メーリングリストは40あります。編集者はみんな知り合いで、連絡を取り合ってオフ会もします。彼ら編集者は、Wikipediaのページの大半を作成していて、ある意味その分野に通じたプロに近い人たちです。Wikipediaが設定している質はプロレベルかそれ以上です。常にそのレベルを満たせないとしても目標として掲げています。サイトを大事に思う人たちが緊密なグループを作り、その中にはずば抜けて頭のいい人もいます。説得力に欠けるかも知れませんが事実です。百科事典を自分の趣味の一部として書く人はとても知能が高い傾向にあります。

コミュニティの統治を発言力で支える「有名なウィキペディアン」

 コミュニティ自体やWikipediaの全ての内容を監視することができる多種多様なツールやページがあります。例えば、変更履歴のページがありますが、このページの長所は変更が一目瞭然でわかるところです。ある時、私のページを編集した匿名のIP番号を見たとします。そのユーザーが変更した部分がすぐに赤く表示されるのでどこが変更されたのかわかるのです。

 コミュニティ内では全てを自由にできるようにしています。社会的規則の大半や仕事の方法は全部ウィキページに書いてあるだけで、ソフトの上では制限していません。規則を強いるソフトはありません。誰もがわかるような荒らし行為のページは管理者が削除します。これは論外ですが、例えば百科事典に載せるまでもないものや情報に確信性がないもの、イタズラや内容が本当なのか不明なものの削除要請に答える社会的方法が必要でした。コミュニティ内で自然と出た方法が削除投票ページです。

 映画「Twisted Issues」の例を見てみましょう。まず最初に「この映画はグーグルテストに通らなかった」という意見が出されました。「グーグルテスト」とはGoogleの検索にヒットするかどうかを調べることで、Googleの検索にヒットしなければ恐らくその映画は存在しないと推測できます。すぐに調査できる点でグーグルテストは良い足がかりです。グーグルテストで無いと判断された場合でも、証拠となるソースを出し合いながら削除するか否かは議論されていきます。

 削除投票ページの面白さは、投票する項目が文章になっていることにあります。もはや投票というより会話が成立しています。その日の終わりに管理者がここに目を通し、削除する人数が多いので削除決定となります。しかし、削除を希望する人数が多い場合でもページを保存することがあります。それは保存するよう投票したメンバーが、情報を見つけたので編集し直すので削除しない欲しいと頼む場合です。また、誰が投票したかということも大事です。これは緊密なコミュニティなのです。下にとあるメンバーのコメントが見えますが、彼は有名なウィキペディアン(Wikipediaの編集者)で荒らし行為やいたずら削除の投票には多大な量の仕事をしています。管理に関して知り尽くしている彼の発言は、コミュニティ内でも影響力を持っています。

 Wikipediaの管理者に関して知りたいと言う人はたくさんいます。Wikipediaのコミュニティによる統治モデルは複雑に見えますが、これまではうまく折り合いをつけてきました。大半の意見は必ずしも中立ではないので、記事内容に直接投票しないようにしています。管理者は全員ページを削除できますが、ページ削除の権限があるのではありません。彼らもコミュニティに選出されているため、規則を守らなくてはならないのです。たまに百科事典の内容を偏らせるために管理者を選んでいると文句を言う人がいますが、どう選ばれたのか私も知らないのでいつも笑ってしまいます。匿名のユーザーよりも、ウィキペディアンの声が力強いのはなんとなくわかったでしょうか?また、別のメンバーは財団の理事として、次点の倍以上の得票率で再選されました。「君はWikipediaで何をしても大丈夫だ」と言ってからかうのは、彼女が認められた実力者だからです。でも皮肉なことに、彼女にこの役が務まるのはWikipediaの規則を絶対に破らないと分かっているからです。実は彼女は、Wikipediaの規則全てを知っている唯一の人間なのです。

Wikipediaのミッションを果たすためにも、内容の質を守り切る覚悟がある

 コミュニティ内の君主は私の役目です。ベルリンでコミュニティについて説明をしたら、翌日の新聞の見出しに「私は英国女王である」と書かれましたが、私はそのような強い発言はしていません。コミュニティ内の私の役目は、フリーソフトウェアの世界の伝統である「博愛の独裁者モデル」に基づきます。「博愛の独裁者」という響きは好きではありませんし、世界中の人に集められた人知の未来に対して「独裁者」というものは、Wikipediaでの私の仕事や役割として適当ではないと思います。しかし、ある一定の君主制もまだ必要で、時として決断をしなくてはいけません。正式な決断をするような過程で難航することは避けたいのです。

 どうして私がコミュニティの中で君主であることが重要かを示す例としては、ネオナチ(ファシズムを復活されようとする政治的思想を持つ人)がWikipediaを見て「Wikipediaはユダヤ人の陰謀だ!気に食わない記事は削除されてしまう。Wikipediaには投票制度があるから4万人の会員を送り込んでこのページを削除する投票をさせよう」と言い出しました。彼らが集められたのはたったの18人。彼らは4万人の会員がいると思っていますが、やっと18人を集めて完全に有効な記事を削除しようという馬鹿げたことを企てました。もちろん投票は無効となり、我々の民主的手順に脅威は及びませんでした。その反面このことがきっかけとなり、もしもあるグループが本気になって組織されて投票しようとしたらと心配する人が現れました。彼らに対し、私は「その場合、私は規則を変更するだけだ」と答えました。開放性や自由のために内容の質を下げることは許さないと表明することが私の役割です。私の役割を人々が信頼してくれる限り、私の適切な立場は内容の質を保つことでしょう。もし私が悪質な行為をすればボランティアは文句なく去るでしょうし、私は誰にも指示なんか出来ません。

 Wikipediaのメンバーはウェブ上の熱狂的な無政府主義者ではなく、社会的な方法論には非常に柔軟性を持っています。コミュニティがもつ情熱は、Wikipediaを完成させるための質に向けられていて、必ずしもその過程を問うものではありません。

 ありがとうございました。

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