1. 【全文】収穫逓増とバリューチェーンは無効化される:Web3.0で変化する「ビジネス戦略」

【全文】収穫逓増とバリューチェーンは無効化される:Web3.0で変化する「ビジネス戦略」

 データを集めることがビジネスの成功の近道だという話もあり、多くのビジネスマンはデータの重要性を感じていることでしょう。実は、膨大なデータの量がビジネス戦略の根底にある2つの理論を崩壊させてしまっていると、ITとビジネスの関係に詳しいフィリップ・エバンス氏は説明します。

 ここでは、エバンス氏がTEDにて語った「データはビジネスをどう変容させるか」というプレゼンを書き起こしていきます。

スピーカー

フィリップ・エバンス氏(ボストン・コンサルティング・グループ シニアパートナー兼マネージングディレクター)

見出し一覧

・ビジネス戦略の常識とされる2つの概念はもはや崩壊している
・ビジネス戦略の変化と崩壊を端的に表すWikipedia
・縦割りで競争し続けるのはもう古い。これからはフラットなビジネスが必要
・ビジネスの構造の中から、多種多様なものを共有すべきだ

動画

ビジネス戦略の常識とされる2つの概念は、もはや崩壊している

 ビジネスの戦略について、少しお話ししたいと思います。テクノロジーと関連付けた話です。ビジネス戦略を考えるとき、多くの人はビジネス戦略を経済学的な概念によって作られる抽象的な対象として捉え、時間軸については考えないのではないでしょうか。しかし私は、ビジネス戦略はいつでも技術を前提に立てられていると考えています。時代とともに技術は変化しているのです。実際、技術は目まぐるしく変化しており、それに伴って「ビジネス戦略」という言葉の意味や概念は変化していくのです。

 まずは、その歴史について少し話をしていきましょう。ビジネス戦略の概念は、2人の知的な偉人に起源を遡ることができます。ボストン・コンサルティング・グループを創立したブルース・ヘンダーソンと、ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーターです。

 ヘンダーソンの考えの中心となる部分は、弱者に対して数で相手を圧倒することでした。ヘンダーソンは経済学者が主張するように、様々な経済現象は、規模と経験に伴って「収穫逓増」をもたらしていると提唱しました。収穫逓増とは、より多くの経済活動を行えば、比例以上の報酬が得られるということです。そこで、収穫逓増に従って競争における優位を得るため、圧倒的な数で投資を行うという論法を生み出したのです。これは、軍隊が持つ戦略の概念をビジネスの世界に導入した最初の事例でした。

 ポーターはヘンダーソンの考えに同意するにとどまらず、さらに改善を図りました。彼はヘンダーソンの戦略はたしかに上手くいくものの、実際のビジネスには成功に至る複数の段階があることを指摘したのです。ポーターは、異なるいくつの要素が重なっており、個々の要素には異なる戦略が必要かもしれないと提案しました。特定の会社やビジネスのあり方は、ある経済活動では有利であり、別の場合には不利になるかもしれません。そこでポーターは、「バリュー・チェーン」という概念を生み出しました。生産をしていく中の活動を、原材料が部品となり、これを組み立てて製品が作られて流通に回るというように分類し、バリュー・チェーンが企業にもたらす競争優位性は、要素ごとに積み重ねられ、全体としての価値は、各要素の合計ないし平均によって評価されるということがバリュー・チェーンの理論を指します。そして、ポーターのバリュー・チェーンにおいて前提となる考えは、取引にかかるコストを調整することでビジネスが最適化されるということであり、組織は市場よりもコストの調整を効率的に行うことができるということでした。そのため、たびたび事業者間の協力関係の性質や役割、そして境目は取引コストとして定義されます。

 ヘンダーソンが提唱した、規模や経験に応じた収穫逓増の考え方、そして、ビジネス戦略における様々な異なる要素を包括したポーターのバリュー・チェーンの考え方が、ビジネス戦略の概念として形成されました。ここで私が議論したいことは、この2つの前提は無効になっていくという事実です。

ビジネス戦略の変化と崩壊を端的に表すWikipedia

 まず初めに、取引コストについて考えてみましょう。取引コストには2つの要素があります。1つは情報処理、もう1つは通信です。情報処理と通信が長い時間をかけて進化したのは、情報処理と通信が持つ経済の結果です。皆さんがご存じの様に、様々な意味において、ポーターとヘンダーソンが理論を初めて提唱して以来、情報処理と通信が持つ経済の結果は劇的に変化してきました。特に90年代中頃から、取引コストの低下よりも早く通信コストは下がり続け、だからこそインターネットは劇的に普及したのです。通信コストの低減は重要な結果をもたらします。取引コストがバリュー・チェーンを結びつけているのだとすると、取引コストの低下につれて、さらなる低下の余地は無くなります。すると縦につながった組織の必要性が減り、バリュー・チェーンが分割される場合があるのです。バリュー・チェーンの分割は、実際に分割すべきだと主張しているのではなく、実際に分割することが有り得ると主張しているのです。特に、1つのビジネスで競争相手の一方がバリュー・チェーンのあるステップで相手の立場を利用し、別のステップでは競合相手の立場を奪ったり、敵対行動を行ったり、仲介者を排除した投資を行ったりするということが起こり得ます。バリュー・チェーンの分割は単に机上の空論ではなく、実際の事例として、いくつも起こっているのです。

 典型的な例が百科事典のビジネスです。本として売られていた時代の百科事典ビジネスは基本的には流通業であり、主なコストは販売員への手数料でした。しかし、CD-ROMとインターネットが登場すると、新しい技術は知識の流通のコストを何桁も安くし、百科事典ビジネスそのものが消えてしまいました。これはWeb1.0でよくあることでした。取引のコストが低下したことによってバリュー・チェーンが分断され、そのため直接取引が可能になり「脱構築」が起こり得るのです。

 この説明をするときに度々受ける質問は、「ブリタニカ百科事典のビジネスモデルが成立しなくなったら、どこの団体が百科事典ビジネスを代わりに行うのか?」ということです。答えが明らかになるまでには少し時間がかかりました。ご存じの通り、取って代わったのはWikipediaです。Wikipediaが特別なのは、流通方式についてではありません。Wikipediaの特徴は作られる過程です。

 Wikipediaはユーザーによって制作される百科事典なのです。これはインターネット経済を10年単位で表せばWeb2.0の時代だといえるかもしれません。Web2.0でのインターネットは「名詞的」ではなく「動詞的なもの」になったのです。「動詞的なもの」とはユーザーが中身を作り、ソーシャルネットワークが流行する時代になったということを指します。つまり、ポーターとヘンダーソンが作った枠組みで言うところの「規模の経済」は崩壊したということです。多くの一般市民が自主的に百科事典を作り上げ、プロと同じレベルの仕事をずっと安く成し遂げたということが理解できます。Wikipediaがブリタニカに取って代わったことは、バリュー・チェーンの一つの層がバラバラに分裂し、個人がこれを補ったため、組織がもはや不要になったということです。

これからのビジネス戦略には、「データの時代」が到来する

 しかし、このグラフを見ていると次の問いが現れます。ここまでWeb1.0と2.0について見てきましたが、Web3.0の特徴はなんでしょう?私がこれから議論しようとしていることは、まさにWeb3.0を特徴付ける「何か」です。この「何か」は、ここまで語ってきたポーターとヘンダーソンの理論を新しい枠組みで位置づけるものと言えるでしょう。その「何か」とはデータに関するものです。
 2000年まで遡ると、人々は情報革命を議論し、実際にもデータが大変な勢いで蓄積されていきました。この段階では、まだアナログデータの蓄積量が優勢です。2007年になると、データの蓄積は爆発的に増えるだけでなく、アナログデータからデジタルデータへの置換が行われてきました。さらに重要なことは、デジタルデータのおよそ半分にはIPアドレスの情報が付加されていることです。IPアドレスが分かると、IPアドレスのある別のデータと関連付けができるので、世界中の約半分の知識を集めて、パターンを分析することが可能になるのです。これは全く新しいことです。
 現在、正確な数字は分かりませんが、もっと膨大な量のデジタルデータがあることでしょう。2020年まで先に進めますと、IDC(市場調査会社)の調査のおかげで35ゼタバイトという、膨大な数字のデジタルデータが蓄積されることが分かります。これが意味することは、現在の何百倍ものデータがIPアドレスで関連付けられるということです。データが100倍に増えると、およそ1万倍のパターンをデータの中に見出すことができます。これはわずか過去10年ぐらいの出来事として起こったことで、データ量の増加は世界の経済においてめざましく、そして深遠な変化と言えるのです。

縦割りで競争し続けるのはもう古い。これからはフラットなビジネスが必要

 人類の最初のゲノム解析は、ジェームス・ワトソンが2000年に行った「ヒトゲノム計画」でしたが、究極的な成果物が出来上がった時までに2億ドルの費用がかかり、しかも1人のゲノム解析をすることに10年もの時を要しました。しかし、それ以降ゲノムの解析コストは下がっています。特に、ここ数年のコストダウンは実に劇的で、現在は1000ドルを下回っており、2015年までには100ドルを下回るという確かな予測があります。この15年間でゲノムの解析コストが5から6ケタ分も下がったのです。これはとても素晴らしいことです。ゲノムの解析に100万ドルないし1万ドルもコストが掛かっていたとき、ゲノム解析は研究事業であり、各分野を代表するような科学者が集まって、選ばれたわずかな人のゲノムから人間の特徴や病気に関する抽象的なパターンを見出して、一般化しようとしたのです。しかし、99ドルから100ドルでゲノムが解析できるようになると、解析装置は誰にでも使えるようになります。装置は全ての病院で使われるのです。

 もし、あなたが風邪をひいて病院に行ったとき、まだ十分な解析データがなければ、まずはあなたのゲノムを解析します。医者はゲノムに関する抽象的な知識を元にあなたに治療の効果があるかを試していく代わりに、あなたのゲノムに合わせた処方を探していくのです。ゲノム解析が低コストになり、各病院で使われるとしたら、どの様な道が開けるでしょうか?臨床データや薬との相互作用に関するデータ、さらには電話や医療センサーで測ることができる周囲のデータなども次々と集められ、ゲノムを解析したデータが結び付けられることでしょう。データを全て集めて一緒にすれば、これまでに見えなかったパターンが見つかるかもしれません。たしかに時間が掛かるかもしれませんが、解析のコストが下がることで医学の革命が起こるかもしれません。素晴らしいことです。

 多くの人々がゲノム解析の可能性について語っています。しかし、注目されていないことが1つあります。様々なデータベースを完璧に結び付けて行くビジネスモデルは、組織や機関、法人の事業モデルと相容れるものなのでしょうか?独占的に所有するデータに依存するビジネスや、データを強みにしたビジネスを行っている会社や組織は、技術によって裏付けられる価値をこれまでと同様に生み出せるのでしょうか?それは不可能です。今現在、ビジネスで何が起こっているのかというと、遺伝子工学は1つの例に過ぎず、技術はビジネスの規模を従来考えられてきた組織の境界を越えて自然に拡大させています。今までのビジネス戦略は、組織の境界を越えてはならないという規律を保つことだったのです。しかし、これからのビジネス戦略の基本的な流れは、縦割りの組織で売り手による寡占的な市場での競争に慣れていた同じ形態の競合者達が、何らかの方法で縦の繋がりから横に広がったビジネスへと進化を遂げることなのです。

 なぜそんなことが起こるのでしょうか?それは、取引コストが下がり、ビジネスの規模が分極化しているからです。取引コストの低下はバリュー・チェーンの繋がりを弱くし、分割を促すのです。経済の規模が分割されて小さくなる側では、規模を自由に変えることができる団体によって、従来の企業による生産をとって代わることが可能になります。それとは逆に、ビッグデータで象徴される大規模化の方向では、ビジネスの構造として新しい大規模化を達成するようなタイプの組織が生み出されます。しかし、いずれにしろ典型的な縦割りの構造は、水平的なものへと変容していくのです。これはビッグ・データに限ったことではありません。例えば通信業界を見てみると、光通信の技術で似たような状況が見出されるでしょう。製薬業界では大学での研究を含み、いわゆる「ビッグ・サイエンス」と呼ばれるものについて全く同じことが言えます。ボトムアップになりますが、エネルギー部門を見てみると各家庭が環境に優しいエネルギーの効率的な生産者となり、しかもエネルギーの効率的な節約者となると言われています。これは実際経済の細分化であり、とても小さいものが典型的な大規模な企業を取って代わるのです。いずれにしろ産業構造の水平化が起こり、ビジネス戦略を考える上での根本的な変化が起きるのです。

ビジネスの構造の中から、多種多様なものを許容すべきだ

 我々が考えるべきことは、戦略の前提を見直すことではなく、ビジネス戦略は水平構造を作りだすものだと考え直し、ビジネスの定義、さらには産業の定義さえもビジネス戦略の結果として再定義することです。そして、我々が解決すべき課題は企業の協力と競争のバランスをどのようにして取るのかということです。ゲノム解析の場合では巨大なデータと個々への適用という問題を同時に扱う必要があります。

 産業の構造は多種多様な動機を受け入れることができなければなりません。例えば素人のような関心事から、政府によって建設されるインフラといった社会的な動機もあるかもしれませんし、普段競合関係にある会社同士が組織を共同で設立するかもしれません。なぜなら、それが規模を大きくする唯一の方法だからです。この様な変革は、伝統的なビジネス戦略の前提を時代遅れのものにし、全く新しい世界へと導きます。公共機関であれ、民間の企業であれ、ビジネスの構造について根本的に異なった考え方を持つ必要があるでしょう。そうすることで、ビジネス戦略は再び興味深いものになるではないでしょうか。

 どうもありがとうございました 。

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