1. 【全文】「ピアツーピア生産が世界を動かす」:オープンソースが変える協力行動の可能性

【全文】「ピアツーピア生産が世界を動かす」:オープンソースが変える協力行動の可能性

 インターネット上の繋がりで問題を解決する、オープンソースの方法が浸透してきています。ノウハウや行動を共有することで、プロジェクトを進める方法です。オープンソースを用いることで、協力のあり方が変わりつつあります。

 ライターであり批評家のハワード・ラインゴールドは、このオープンソースが多くの社会問題を解決することができると説きます。今までに無い問題解決の形とは、どのように行われるのでしょうか。

 ここではラインゴールド氏が、オープンソースを用いる利点を豊富な事例とともに紹介するTEDの講演を書き起こします。

スピーカー

ハワード・ラインゴールド / ライター、批評家(『スマートモブズ』の著者)

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見出し一覧

・物事を運ぶ「新しい物語」の形
・囚人のジレンマと信頼関係
・「50:50」は成立する?ゲームから見る公正さの判断
・「コモンズの悲劇」が示す現実
・新しい生産方式「ピアツーピア」
・世界中のデザイン学生が問題を解決する「協力行動の将来性」

物事を運ぶ「新しい物語」の形

 私は、人間や他の動物が物事を運ぶ方法についての物語を、新しい形にするために協力を求めます。これはよくある話ですでに皆さんも少し知っている話です。生物学とは強い者が生き残る戦争です。過去に企業や国家は、競争相手を打ち負かし、破壊し、征服することでのみ成功しました。

 政治とは、どんな代償を払ってでも勝つことが求められます。しかし、新しい物語の兆しが見え始めたように思うのです。それはいくつかの異なる分野に広がり、そこでは協力、集団行動、そして複雑な相互依存がより重要な役割を演じています。そして、支配的ながらそれだけが重要とは言えない競争や、適者生存の役割は少し重要性が縮小した状態を作ります。

 「スマートモブズ」を書いたとき、私はコミュニケーションやメディア、それに集団行動の関係について考え始め、本を書き終えたあとも考え続けていました。実際に振り返ってみると、人類のコミュニケーション媒体と我々が社会を形成する方法は、非常に長い間、共に進化してきました。人類は約1万年前に農業文明で定住したときよりも、はるかに昔から存在しています。

 小さな家族集団で狩猟型遊牧民はウサギを狩り、食物を集めました。その頃の富の形は、生きるのに十分な食物でした。しかしある時点で、彼らはより大きな獲物を狩るために団結しました。実際に彼らがどうやって団結したのかは知りません。しかし彼らは集団行動に伴う問題を、いくつか解決したにちがいありません。なぜなら他の集団と争っている間はマストドン(大型哺乳類)の狩猟が出来ないからです。

 背景はわかりませんが、新しい富のかたちが現れてきたのは明らかです。食べ物が腐る前に、家族が食べきれないほどのタンパク質を摂れることが、新しい社会をつくる原動力となる社会問題を引き起こしました。そのマストドンの肉を食べた人は、狩人とその家族に何か負債があったのか?それなら彼らはどうやって取引をしたのか?我々は取引の状況を知る術はありませんが、何か象徴的なコミュニケーションがあったことは間違いないでしょう。
 
 もちろん農業と共に最初の大きな文明が築かれ、最初の都市が泥とレンガから造られ、最初の帝国が出来ました。そしてこれらの帝国の管理者たちは、借出された小麦や羊、そしてワインと、その上に義務付けられる税金記録をつける人を雇い、課された税金は粘土に印付けられました。

 それからしばらくして、アルファベットが発明されました。そしてこの強力なツールは、帝国の会計を記録したエリート管理者の間のみで、何千年もの間使われていました。それから、他のコミュニケーションテクノロジーが新しい媒体の発明に貢献し、印刷機が導入され、数十年で何百万もの人が読み書き出来るようになりました。

 そして、読み書きが出来る人口から新しい形の集団的行動が、知識や宗教政治の分野で出現しました。それにより、以前は考えられなかった科学革命、宗教改革、立憲民主制が可能になりました。それは印刷機から作られたのではなく、読み書きが出来ることから始まった集団的行動によって可能になりました。そしてまた新しい富のかたちが現れました。
 
 商業は太古からあり、市場は十字路と同じくらい古いのですが、我々が知る資本主義はたった数百年の歴史しかなく、合資会社、分担損害保険、複式簿記のように協同の措置と技術によって可能となりました。

 現在はもちろん、問題の解決を促進するテクノロジーはインターネットに基づいています。そして多対多の時代、あらゆるデスクトップは現在印刷機であり放送局、コミュニティ、または市場です。その進化は速くなっています。最近ではその力は、デスクトップから離れて暴走しています。近い将来、過半数とはいかなくても、かなりの割合の人々が今日のブロードバンドというようなものよりも、もっと速いスピードで繋がれたスーパーコンピューターを身につけて歩き回っている場面を見るでしょう。

囚人のジレンマと信頼関係

 集団的行動を調査していくと、社会学者が「社会的ジレンマ」と呼んでいるものに基づいた文献が多くあります。社会的ジレンマには2、3の神話的物語があります。そのうち2つをご紹介しましょう。囚人のジレンマとコモンズの悲劇です。

 ケビン・ケリー(アメリカの雑誌『WIRED』創刊時の編集長)と囚人のジレンマについて話したとき、観衆の皆さんは囚人のジレンマの詳細は知っていると保証してくれたので、ここでは短く語ります。もし質問があれば後でケビンケリーに聞いてください(笑)

 囚人のジレンマは昔、核戦争を想定してゲーム理論の数学的マトリクス上に作られた物語です。互いを信頼することができなかった2人のプレーヤー、すべての保証のない取引が囚人のジレンマの良い例だと言っておきましょう。モノを持っている人も、お金持ちの人も、互いを信頼できないと取引しません。どちらからも取引を始めないか、割に合わない報酬を受け取るかです。彼らは望むものを得ず、両方とも負けます。彼らがもし、囚人のジレンマを保証ゲームと呼ばれるような他の報酬マトリクスに変える同意ができれば、ゲームを進めることが出来ます。

「50:50」は成立する?ゲームから見る公正の判断

 20年前、ロバート・アクセルロッド(政治学者・ミシガン大学教授)は生物学的問題の調査に囚人のジレンマを使いました。「先祖が勇敢な競争者だったおかげで我々がここにいるなら、一体どうやって協力が存在するんだ?」と彼は言いました。アクセルロッドは、囚人のジレンマ戦略を投稿させるコンピューター競技を始め、驚いたことにかなり単純な戦略が勝つことを発見しました。その戦略とは、最初の競技で勝ち、そして皆がその戦略で勝てるとわかった後でも、第2の競技も勝ちました。“しっぺ返し”の名で知られる事例です。

 囚人のジレンマほど知られていないもう一つの経済ゲームは、最後通牒ゲームです。最後通牒ゲームは、人の経済的取引のやり方を想定する上で非常に面白い実験です。それではゲームのやり方を紹介しましょう。まず2人のプレーヤーがいます。これまでこのゲームをしたことはなく、また以後することもないでしょう。彼らは互いを知らない状態で別々の部屋にいます。最初のプレーヤーは100ドルを提供され、50対50もしくは90対10のように、分け前を提案するように言われます。提案する割合にかかわらず、2番目のプレーヤーが分け前に同意すれば、両方のプレーヤーが分け前を受け取りゲーム終了となります。取り分を拒絶すればどちらのプレーヤーも支払われずゲーム終了となります。

 さて新古典主義経済学の基本は、知らない誰かが部屋の向こうで99ドルを得るからと言って、こちらで1ドルを拒絶することは不合理だと訴えます。しかし欧米や日本の学生と何千もの実験をしたところ、かなりの確立で50対50に近くない提案は拒絶されます。彼らは事前審査でこのゲームを知らず、このゲームをしたことさえなかったのに、平均的な提案が驚くほど50対50近くだったので、提案者はまるで実験を知っていたかのようでした。

 アマゾン川の焼畑式農民や中央アジアの遊牧、放牧民またその他多くの文化で、彼らはそれぞれ何が公正かについてかなり違ったアイデアを持っていたということです。これは、我々の経済的取引の基本が生来の公正という感覚によるものでなく、社会的機関によって影響されることを示します。我々がそれを知っているかどうかは関係ありません。

「コモンズの悲劇」が示す事実

 その他の社会的ジレンマの主要物語は、コモンズの悲劇です。ガレット・ハーディン(アメリカの生物学者)は1960年代後期にそれを使って人口過剰を語りました。彼は共有放牧地を例に挙げました。それぞれの人が、彼らの群れを最大化するために過度に放牧することで資源の枯渇を招きました。彼は人間が使うことを制限されない、共有の資源を必然的に強奪するという気の滅入るような結論に達しました。

 さて、政治学者のエレノア・オストロームは1990年代の優れた科学者なら誰もが提議する問題を問いました。人間が共有地から常に強奪するというのは本当なのか?彼女はあらゆるデータを検証しました。人々が共有する川の流域、森林資源、漁場と何千もの症例を検証し、どの症例においても人間が、彼らの依存する共有地を破壊したことを発見しました。しかし彼女は囚人のジレンマから抜け出した例も多く見つけました。実際にコモンズの悲劇は複数のプレイヤーによる囚人のジレンマです。そして彼女は、「自分自身を囚人と思う人のみが囚人である」と言いました。彼らは集団的行動のための組織を作ることで逃れます。そして最も興味深いことを彼女は発見しました。これらのうまくいった組織にはいくつかの共通のデザインと原則があったのです。そして、これらの原則は失敗した機関にはありませんでした。

 これらの規律について短くご紹介しましょう。生物学では共生関係・集団選択・進化心理学の概念は正しいと論争されています。しかし、協力的な措置が補助的役割から中心的役割に、生物学での細胞レベルから、生態系レベルへと移行したという事実についての大論争は、今ではほとんどされません。そしてまた、個人は自己の利益を追求するという概念はひっくり返されました。合理的な自己の利益は、必ずしも優勢な要因ではありません。実際は自ら代償を払ってでも、人々はペテン師を罰するために行動します。

新しい生産方式「ピアツーピア」

 そしてごく最近、神経生理学的実験において、経済ゲームでペテン師を罰する人の脳の報酬センターが活発になることが明らかになりました。その実験結果は一人の科学者に、利他的な懲罰は社会の連帯感を保持する接着剤の役割をすると断言させました。

 さて私は、新しい形のコミュニケーションや媒体が、過去いかに新しい経済の形成に役立ってきたかを話しました。商業は古代からあり、市場の歴史は古く、資本主義は新しい社会主義はその対立軸として表れました。しかし、次は一体どんな形が出てくるかについてはあまり語られていません。ジェームズ・スロウィッキーはヨハイ・ベンクラー(法学者・作家)のオープンソースについての文書に触れ、新しい生産方式を指摘しました。ピアツーピア生産です。皆さんに心に留めて頂きたいのは、過去に新しい技術によって新しい形の協力関係が可能になり、新しい形の富が作られたということです。我々は前とはかなり違った、別の経済形式へと移動しているのかもしれません。

 手短に言います。一部の企業を見てみましょう。IBMはご存じですね。HP、Sun、ITの世界で最も競争力の強い企業のいくつかは、ソフトウェアをオープンソースにしてパテントポートフォリオを共有の場に提供しています。イーライリリーは製薬会社の世界でかなりの競争力を誇る企業で、製薬問題を解消する市場をつくりました。トヨタはサプライヤーを市場として扱う代わりにネットワークとして扱い、生産性向上に向けて訓練します。それが競争相手の為に訓練することになっても、どの企業も利他主義から行っているのではありません。彼らはある種の共有は、彼ら自身の自己利益に適合することを知っているからそうしているのです。

 オープンソース生産に関しては、LinuxやMozillaなどの世界に通用するソフトウェアが、我々が思っていたような官僚的な構造の会社および、市場の要因なく作ることが出来ることを示しました。グーグルはAdSenseを通して何千ものブロガーを豊かにすることで自らを豊かにします。AmazonはAPIを6万人の開発者、無数のAmazonショップに開放しました。利他主義でなく、彼ら自身を豊かにする方法として他人を豊かにしています。イーベイは囚人のジレンマを解決して市場をつくりました。何もないところに、囚人のジレンマを保証ゲームに変えるフィードバックメカニズムを作製したのです。

 「お互いに信頼できないので、準最適な行動を起こす」ではなく「あなたが信頼に値することを証明してください、そうすれば私は協力します」というコピーで有名なWikipediaは、たったの2年で、200の言語からなる150万の記事を無料で提供する百科事典を作成するために、何千人ものボランティアを利用しました。

世界中のデザイン学生が問題を解決する「協力行動の将来性」

 我々は、ThinkCycleが発展途上国のNGOが抱える問題を世界中の学生が解決するのを見てきました。そこには、津波救済ですぐに使えるものが含まれています。コレラ犠牲者への水分補給メカニズムです。これは、文字が読めない人でも使えます。BitTorrentはあらゆるダウンローダーをアップローダーに変換し、システムをより効率的にすることで利用者を増やすのです。

 何百万人もの人が、医学研究者のたんぱく質折畳問題の解決を援助するため、PCを使わないときにこれらを相互リンクさせて、スーパーコンピューターとして貸し出すことで貢献しました。スタンフォードのFolding@homeです。そこではコードを解読し、宇宙での生命を捜すという役割を果たしました。

 まだ十分な知識があるとは思いません。基本的な原則が何であるかさえ、見出せていないはずです。しかし、それらを考え始めることはできるでしょう。すべてをお話する時間はありませんが、自己の利益について考えれば十分理解可能です。結局のところ、すべては自己の利益に関する話なのです。

 エルサルバドルで内戦から撤退した両者は、囚人のジレンマ戦略を証明する動きを見せました。米国・フィリピン・ケニヤなど、世界中の人々が、モバイルやSMSを使って政治的抗議や、投票推進運動を自発的に組織しました。協力的アポロ計画は可能でしょうか?学際的な共同研究は?成果は大きいと思います。

 我々は学問分野に渡ってこの話が出来るよう、この領域の地図を開発する必要があると思います。私は協力の意義を理解することで、我々が優れた人間になるとは言いません。人は、悪いことをするためにも協力します。しかし数百年前、彼らが愛するものを病で亡くしたとき、原罪や外国人、悪霊のせいだと思っていたことを思い出してください。デカルトは、我々にはまったく新しい考え方が必要だと言いました。

 科学的研究法が新しい考え方を提供し、微生物が病気を引き起こすことを生物学が証明したとき、苦しみは軽減されました。我々がもう少し協力について知ることで、どんな形の苦しみが軽減され、どんな形の富が作られるでしょう?この学際的な談話が自動的に起こるとは思えません。協力が必要です。そこで、私はあなた方に協力プロジェクトを始める手助けとなる協力を求めます。

 ありがとう。(拍手)

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