1. 【全文】「ビジネスは社会の嫌われ者なのか?」――社会を悪化させるビジネスと救うビジネスの違いは?

【全文】「ビジネスは社会の嫌われ者なのか?」――社会を悪化させるビジネスと救うビジネスの違いは?

 気候変動や人々の健康、文化的な暮らしの保障など、私たちの暮らしの周囲には溢れんばかりの社会問題が取り巻いています。これらの解決に向けて尽力している人もたくさんいますが、それでも今のままでは未来は明るくなりそうにありません。それならば、今までとは全く異なるプレイヤーを投入しよう、というのが経営学者であるマイケル・ポーターの意見です。その新しいプレイヤーとは、なんと営利企業なのです。

 ここでは、現在の社会問題のボトルネックと、社会問題と企業の関わり方について紹介したTEDのプレゼンテーションを書き起こしていきます。

スピーカー

マイケル・ポーター/経営学者戦略論専攻

見出し一覧

•なぜ社会問題はなくならない?
•ビジネスが社会問題を生んでいるという常識
•現在はとにかく「スケール」が足りない
•「リソース」を生むのはビジネスだけ
•社会的発展と経済性は両立できる
•「共通価値」の創造が社会と経済を救う

動画

なぜ社会問題はなくならない?

 みなさんお気づきの通り、世界は様々な問題であふれています。今日も昨日も、そして何十年もの間ずっとこう言われ続けてきたでしょう。栄養失調、水の供給、気候変動や森林破壊、スキル不足に不安感。食料不足や不十分なヘルスケア、環境汚染など、問題はいくらでもあります。現代がこれまでと違うのは、こうした問題が広く認知されていることです。私たちはみな、これらの問題が存在することをよく分かっています。

 では、なぜこれらの問題の解決にこんなにも苦労しているのでしょう?私は畑違いながらも、ずっとこの疑問に取り組んできました。私は社会問題の専門家ではなく、ビジネスによるお金儲けの手伝いをするのが仕事です。

 なぜ私たちはこれら社会問題について多くの課題を抱えているのでしょう?これらに対して、ビジネスは何もできないんでしょうか?できるとすれば、その役割は何でしょうか?この問いに向き合うためには少し立ち止まって、今まで私たちが大きな社会問題に対して、どのように解決策を考えてきたかを見直す必要があります。

ビジネスが社会問題を生んでいるという常識

 多くの人は、ビジネス自体が社会問題の一つであるかのように考えています。ファーストフード業界や製薬業界、銀行業界を考えてみてください。これらは敬意が払われないビジネスの最たる例です。

 ビジネスは解決策ではなく、問題そのものという見方を多くの人がしているのです。実際、そういったケースがあることは否定しません。困ったところもたくさんありますし、間違ったことをして問題を深刻化させたこともあります。ですから、この見方はある意味では正しいと言えるでしょう。

 では、これまで私たちは多くの社会問題の解決策をどのように考えてきたのでしょう?大抵の場合は、解決策をNGOや政府慈善団体といった組織に求めています。驚異的な台頭を見せているNGOや社会団体は、確かに現代の特徴的な組織形態です。
このユニークで新しい組織形態が成長したおかげで、イノベーションやエネルギー、さらには多くの才能が流動化されようとしています。これらは社会問題の解決に良い働きを見せるでしょう。みなさんの中にも、そんな活動に関わっている人がいるかもしれません。

 私も、ビジネススクールの教授ながら4つの非営利団体を立ち上げています。社会問題に関心を持つたびに、非営利団体を設立してきたのです。誰もが社会問題にはこのように対処すべきでしょう。ビジネススクールの教授でさえ、そう考えていたのです。

 私たちは長い間このやり方を踏襲してきました。問題を認識したら、NGOや政府団体で活動するというのが当たり前だったのです。でも、困った現実もあります。十分な速さで事態が進展しないのです。問題がなかなか解消していきません。未だに手に負えない問題は数多く残されており、私たちはほんのちょっとの問題しか解決できていないのです。

現在はとにかく「スケール」が足りない

 これら社会問題に対処する上で根本的な課題は何でしょう?一言で言えば「スケール」の問題です。スケールが小さいのです。私たちは前に進み、効果も出せます。結果も出せますし、事態の改善もできています。

 しかし、スケールが足りないのです。大きなスケールで社会問題に影響を与えるには至っていません。なぜでしょうか?ずばり、リソースが足りないからです。今やこれは明白な事実になっています。つまり、今のやり方では社会問題を大規模に解決するための資金が足りていないのです。

 十分な税収も十分な慈善資金もない今の非営利団体では、大きな問題に対処できないのです。私たちはこの現実に立ち向かう必要があります。リソース不足は拡大する一方です。様々な財政問題を抱えた先進社会では、残念ながらこれは 避けられないことでしょう。

「リソース」を生むのはビジネスだけ

 しかし、リソースが不足しているというなら、社会のどこにリソースがあるのでしょうか?社会的課題を解決するためのリソースはどうやって作られるのでしょうか?

 その答えは明白でしょう。ビジネスです。全ての富はビジネスによって作られます。ただし、ビジネスが富を生み出すのはそれがニーズと合致し、利益を生むときです。そうやって全ての富が作られています。ニーズに応えることで利益を生み、それが税収や所得、さらには慈善資金にもなる。ビジネスこそが全てのリソースの源なのです。

 事実、ビジネスしかリソースは生み出せないのです。他の機関がリソースを使って重要なことをしたとしても、ビジネスのようにリソースを作り出すことはありません。繰り返しますが、ビジネスはニーズに応えて利益を出すときリソースを生みます。そして、世にあるリソースのほとんどはビジネスが作っているのです。

 問題はどうやってこれを利用するかです。どうすればいでしょう?ビジネスが生み出すリソースとは、利益のことです。利益は売上とコストの小さな差額です。そのビジネスがどんな問題にどんな解決策を提示していても、そのことは変わりません。しかし、この利益こそが魔法の薬なのです。

 なぜでしょうか?それは、利益こそが私たちが生み出した解決策を無限大にしてくれるからです。利益を生み出せれば、その解決策をさらにスケールアップさせることができるのです。利益さえ出れば10倍、100倍、100万倍、1億倍にだってできます。言い換えれば、解決策自体を自立させるということです。これがビジネスが利益を生み、規模を拡大するプロセスなのです!

社会的発展と経済性は両立できる

 では、これが社会問題とどう関係するのでしょう?考えられる手段の一つは、この利益を社会問題の解決に回そうというものです。「実業界はもっとお金を出し、もっと責任を取るべきだ」とビジネスの世界では言われてきました。でも私たちが選んできたこのやり方は、残念ながら問題を解決してはくれませんでした。

 さて、私は今までもこれからも戦略論の教授です。誇りにすべき職業だと思っています。しかし、それと同時にここ何年間かは、社会問題にも強い力を注ぐようになりました。ヘルスケアや環境問題、経済発展、貧困緩和といった社会分野での活動が増えています。それを続けているうちに、次第に私はこの活動が私の人生に大きな影響を与えたことに気付き始めました。

 経済学や経営学における従来の通説では、社会的成果と経済的成果はトレードオフの関係にあるとされます。つまり、ビジネスは社会問題を引き起こすことで利益を生むと言われていたのです。その典型的な例が環境汚染でしょう。環境をきれいにしておくよりも、汚い状況であった方がお金を儲けるチャンスは広がります。汚染を減らすにはお金もかかるので、ビジネス的な考えからするとそんなことしたくない訳です。

 危険な労働環境の方が、利益が上がるのも一緒です。安全な労働環境を作るためには、お金がかかりすぎます。ビジネス的には、労働環境は安全じゃない方がお金を生めるのです。これが今までの通説でした。多くの企業がこの通説に従い、環境改善や労働環境改善を渋ってきたのです。こうした考え方が、結局のところ私たちが批判するようになった「ビジネスが社会問題を生み出している」という考え方の元なのです。

 しかし私は、こうした社会問題に深く関わり、自分でもいくつかの非営利団体を作って活動するうちに、事実は逆ではないかと思うようになりました。ビジネスは社会問題を引き起こすことでは利益を生みません。これは根本的に間違っているのです。

 こうした問題に深く関わればご理解頂けると思いますが、実際のところビジネスは社会問題の解決によって利益を得るのです。問題の解決にこそ、真の利益があるのです。環境汚染で考えてみましょう。

 今分かっているのは、汚染や排ガスを減らすことで利益が上がるということです。汚染が減らせれば、お金も節約できます。より生産的で効率的な経営が行えるのでリソースも無駄にしません。より安全な労働環境なら、事故が減るので利益だって増えます。事故が少なければ、生産工程が優秀だと証明することもできます。

 どの問題からも見えてくるのは、根本的な意味において社会的発展と経済性との間でトレードオフなんてないということです。また、健康の問題もあります。ビジネスにおいて従業員の健康は想像以上に重要なのです。健康であってこそ従業員はより生産的に働けるし、欠勤もなくなります。最新の研究によれば、ビジネスと社会問題との間には深い関係があるそうです。長いスパンで考えれば、それは明らかでしょう。

 目先のことに捉われてしまうと、ビジネスと社会問題解決は根本的に相容れないという誤った考えをしてしまいがちです。しかし、長い目で見れば最終的にはビジネスと社会問題の解決は両立可能なのです。

「共通価値」の創造が社会と経済を救う

 では、どうやったら私たちはビジネスの力で根本的課題に対処できるでしょうか?先ほどもお話ししたように、ビジネスを活用できれば大規模な展開が可能になります。甚大なリソースや組織能力を使って、社会問題を解決するのです。

 実はこれはもう始まっています。それは、こうした問題に何十年も取り組んできた人のおかげでもあります。ダウ・ケミカル社(編集者注:世界最大級の米化学メーカー)などはトランス脂肪や飽和脂肪を革命的な新製品に変える研究を進めています。

 ジェイン・イリゲーション・システムズ社(編集者注:インドの灌漑技術メーカー)の例もあります。点滴灌漑技術を何千何百万もの農家に提供し、水の使用量を大幅に減らしたのです。さらにブラジルの製紙メーカーであるフィブリア社は、原生林の破壊を食い止める方法を考えました。ユーカリ植林により1ヘクタールあたりのパルプ生産量を上げて、古くからある木々を切り倒すことなく、多くの紙が作れるようにしたのです。

 シスコシステムズ(編集者注:米最大規模のインターネット関連会社)などは400万人以上にITスキルの訓練をしてきました。もちろんこれは業務のためですが、この訓練によってIT技術の普及や産業の拡大に大いに貢献しました。今、ビジネスにはこれらの社会問題に影響を与える大きな機会があります。そしてこの機会は、最大のビジネス・チャンスでもあるのです。

 どうすればビジネスを「共通価値」の創造に向かわせられるでしょうか?「共通価値」とは、ビジネスモデルを使い社会問題に取り組むことで生み出されるものです。共通価値は資本主義の一つですが、より高度な資本主義です。

 それは資本主義がとるべき究極的な姿であり、社会の重要なニーズに応えるものなのです。製品や市場シェアの些細な違いを競争することではありません。共通価値が生まれるのは、私たちが社会的価値と経済的価値を同時に創造したときです。つまり、チャンスを捉えて、私たちが持つ最大限のパワーで社会問題に取り組めばいいのです。そうすれば大きなスケールで活動できます。共通価値の創造は、様々なレベルで取り組めます。今この瞬間にも行われています。

 しかし、この解決策をうまく機能させるには、ビジネスのあり方を変えなくてはいけません。既に変革は動き出しています。「ビジネスは社会問題に良い影響を与えない、本質的じゃない」といった常識を変えるのです。

 企業は徐々に、共通価値を取り入れるようになっています。しかし、それはビジネスだけでなく、NGOや政府と連携することで効果が倍増することを忘れないでください。大きな変化を起こしている新しいNGOは、こうしたパートナーシップを見つけようとしています。政府で一番成果を上げているのも、ビジネスで共通価値を実現する道を見つけることができた人です。政府が全てを決めてはいけません。政府は様々な方法で、企業のやる気や能力を高めて競争を促進させるべきなのです。

 お分かり頂けたでしょうか?ビジネスの役割を再定義して、新しい考え方を世に広めることができれば、それで世界を変えられるのです。私はこの予兆を目の当たりにしています。私の学生はこのことを理解してきているのです。

 ビジネスと社会問題の間の緊張を取り払い、問題解決のために根本的な連携をすべきという認識が醸成できれば、私たちはこの状況を打破することができるでしょう。ありがとうございました。

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