2007年に起きたサブプライムローン問題をきっかけとした世界的な金融危機。まだ当時の株式市場の混乱を覚えているという方も多いでしょう。このようなバブルの崩壊に伴う経済危機を未然に防ぐことはできないのでしょうか?Financial Crisis Observatory(経済危機観測所)を開設したディディエ・ソネットは、ビジネスの多くの事象は「ドラゴンキング理論」で説明できるとし、深刻な経済危機もドラゴンキング理論によって予測し、防止することができると主張します。
ここでは、TEDでディディエ・ソネットが語ったドラゴンキング理論の説明と、これからの金融市場が目指すべき方向性についての講演を書き起こします。
スピーカー
ディディエ・ソネット/リスク・エコノミスト
見出し一覧
・経済市場の「大いなる安定」はただの幻想だった
・経済危機の予兆を感じ取るために必要な「ドラゴンキング理論」
・バブルは永続的に続くという考えは根本から間違っている
・ドラゴンキング理論が正しいと証明する数々の金融危機の予測
・事前に金融危機を察知することで見えてくる未来
動画
経済市場の「大いなる安定」はただの幻想だった
むかしむかし、人々は経済の成長と繁栄の中に暮らしていました。この時代は「大いなる安定」と呼ばれましたが、「大いなる安定」は多くの経済学者や政策立案者、中央銀行による間違った思い込みでした。成長は永久に続き、繁栄をもたらす新しい世界になったのだという間違った考えを多くの人が持っていました。確かに当時のGDP(国内総生産)は着実に伸びており、インフレも抑えられ、失業率も低く、市場の変動もうまくコントロールされていました。
しかし2007年と2008年に起こった大不況は大暴落を引き起こし、幻想を打ち壊しました。金融市場で生まれた数千億ドルの損失が、世界のGDPの損失を5兆ドルにまで増大させ、更に世界中の株式市場を合わせると約30兆ドルの損失を生みました。そして、この大不況に対する皆の解釈は「これは全く予期しなかったことで神の怒りのようなものだ。誰のせいでもない」というものでした。
経済危機の予兆を感じ取るために必要な「ドラゴンキング理論」
私たちは「Financial Crisis Observatory(経済危機観測所)」を開設しました。リアルタイムで起きている金融バブルを調査分析して、バブルが弾ける時期を事前に特定するのがこの機関の目的です。
この経済観測所の科学的な支柱は何でしょう?「ドラゴンキング理論」です。「ドラゴンキング」は極端な出来事を意味します。他のものとは規模が違う、特別なものや飛び抜けたものです。ドラゴンキングは特殊なメカニズムによって引き起こされるので、発生を予測したり制御することもできるでしょう。
(編集者註:縦軸が最大下落率の分布を示し、横軸はNSDEQの価格変動率を示す)
グラフを見てみましょう。どの市場を見ても、だいたいこのような起伏が見られます。金融市場のリスクの良い指標となるのが、価格の最大下落率です。株を最高値で買い、最安値で売るような最悪の状況を表す値です。統計をもとにしたグラフを見ると、最大下落率の発生頻度が分かります。興味深いことに、価格変動の99%は典型的なべき乗則のグラフの曲線と重なることがわかります。グラフに示されている赤い線のことですね。
さらに興味深いのは、赤い線から外れた例外がいくつも存在することです。他の99%の価格変動を基に予測した数よりも、少なくとも100倍もの例外が発生しています。原因は強力な依存性にあります。損失が損失を呼び、その損失がさらなる損失を生み出すのです。そのような依存性が標準的な危機管理ツールでは見逃されています。小さなトカゲしか見ておらず、ドラゴンキングを見逃しているのです。
ドラゴンキングの根本的なメカニズムは不安定な市場、つまりバブルに徐々に向かっていく過程の中であり、バブルが極限を迎えると大抵暴落が起こります。これは水をゆっくり加熱することと似ています。試験管の温度が沸点に近づくと、液体が不安定な状態になって気化が起こります。バブルへの過程は従来の手法では予測することはできません。様々な要因が絡み合って発生するもので、基本的に内部から生じるものです。暴落と経済危機の原因は、システムの内部にある不安定な性質にあり、ほんの少しの動揺がこの不安定を生み出すのです。
「ブラックスワン理論」と関係がありそうな話だと思う方もいるでしょう。ブラックスワン理論とは、黒い白鳥は滅多にいないので、それに出会うことで白鳥は白いという確信が崩れ去るという理論です。ブラックスワン理論では、極端な出来事は基本的に予測できないとされています。ですから、私のドラゴンキング理論とは正反対です。ドラゴンキング理論では、極端な出来事の多くは理解でき、予測することもできるとされています。ドラゴンキング理論を身に付ければ、稀な出来事をきちんと予測できるようになるでしょう。皆さんもドラゴンキングでブラックスワンをやっつけましょう(笑)
バブルは永続的に続くという考えは根本から間違っている
ドラゴンキング理論が予想する、金融市場が発する早期の警告信号はたくさんあります。その内の一つを紹介しましょう。「正のフィードバックによる超急成長」というものです。つまりどういうことなのでしょうか?
1年目に5%のリターンを受け取り、2年目には10%、3年目は20%、4年目は40%の見返りがあるような投資をするとします。すばらしいですね。これが超急成長です。普通の急成長は一定の成長率を保ちます。例えば10%ほどの成長を何年も繰り返すのです。しかし、バブルが起こっている間は正のフィードバック、つまり前回の成長が次の成長をさらに推し進めるという現象が起き、このような超急成長の形になります。とても強力ですが、持続可能ではありません。重要なのは、このような超急成長している状況のもとで数学的に答えを導こうとすると、ある時点で無限大になることです。つまりいつか危機を迎え、システムが崩れてレジームが転換する時が来るのです。経済は崩壊するかもしれないし、停滞するかもしれません。
更に重要なのは、危機が起こる時期を予測するための情報は超急成長の初期の段階にあるということです。この理論を実験し、最初に成功した例は、アリアン・ロケット(欧州宇宙機関の開発したロケット)の主要部品の破損診断でした。構造体の発するかすかな音である、微小破壊音を調べると、構造へのストレスや損傷の進み具合がわかります。正のフィードバック、つまりダメージがダメージを生む状態では、かなりの精度で破損が起こるときの予測が可能になります。あまりにも精度が良かったため、今では飛行機の検査の初期段階で活用されています。
ドラゴンキング理論と同じような理論が生物学や薬学出産、てんかん発作にも見られます。母親は妊娠7ヶ月から出産の前兆として陣痛を感じ始めます。事前の兆候を測定することによって、これから起こるであろう問題を事前に特定できます。てんかん発作の予兆も様々な規模で現れます。脳が最も危機的な状態になると発作が起きてしまいますが、ある程度予測が可能なので患者がこの病気に対処できるようになります。多くのシステムにドラゴンキング理論が採用されました。地滑り氷河の崩壊やビジネスの成功の予測にも用いられています。レンタルビデオ、YouTube、映画などはすべてドラゴンキング理論によって成功を予測しています。
しかし最も大事なのは金融に対してドラゴンキング理論が使えるということです。ドラゴンキング理論によって我々が経験した金融危機の根本的な原因は明らかになりました。金融危機の原因はバブルの30年の歴史を基盤としています。1980年に始まった世界規模のバブルは1987年に崩壊し、その後も数々のバブルがありました。その中でも、最も大きいバブルは「ニューエコノミー」論におけるITバブルで、2000年に崩壊しました。他にも、世界規模でいくつものバブルが起きました。これは市場が世界的に過剰評価されていたことを表す証拠であり、2007年に至るまでバブルは永遠に続くと信じられた幻想を表しています。
問題は量的緩和を通してバブルが繰り返されていることで、経済危機を脱するためには新たな対策が必要だという考えです。この考えはアメリカ、ヨーロッパや日本においても共通で持たれています。量的緩和や緊縮政策が核心を攻めなければ、失敗に終わると理解しなければなりません。バブルは永続的に続くという考えを生む構造を攻めなければいけないのです。
ドラゴンキング理論が正しいと証明する数々の金融危機の予測
私はだいぶ過激な主張をしたので、信じられないという人もいるかもしれません。しかし、過去15年の間に、我々は事前に世間にバブルや経済上の失策を発表してきました。「事前に」ということを強調しておきます。経済危機によってバブルが明るみになる前です。
近年、私たちが体験してきた主要なバブルの予測です。今回は巨大なバブルについてお話しましょう。「中国の奇跡」を知っているでしょうか?これは巨大バブルへの株式市場の反応を表しており、中国の市場はたった数年の間に300%も成長しました。
2007年の9月、私はマクロヘッジファンドの会議の講演を頼まれました。私は、会議で「2007年の終わりに今のバブルはレジームを転換させるだろう。バブルは崩壊するかもしれないし、維持できるはずがない」と発言しました。マクロヘッジファンドの責任者たちがどう反応したか想像できますか?彼らは私に言いました。「ディディエ君、市場は確かに過剰評価されているかもしれない。でも忘れてることがある。2008年には北京オリンピックがあるから、中国政府が経済を管理することは明らかだし、問題を避けるためなら何だってする。株式市場も管理するだろう」と彼らは予測したのです。
しかし、実際は私の講演から3週間後に市場は20%下落しました。その後も市場の変動や経済の混乱を引き起こし、年度末には損失は70%にまで膨れ上がりました。どうしてこんなにも間違った判断をするのでしょう。マクロヘッジファンドの責任者は科学的な裏付けを誤解したり、無視します。不安定な状態が続きシステムが成熟すると、どんな不安要素も管理することは不可能になってしまうというのにも関わらずです。
中国市場は一度崩壊しましたが、立ち直る気配を見せました。しかし、2009年に私達はこの小規模な新しいバブルは持続不可能だと予測し、事前に2009年の夏までに市場は是正され、今の状態は長く続かないと発表しました。この予測を見た評論家たちは、「まさかそんなことはありえない。中国政府がついている。政府は利益を得るために失敗の経験を生かして、しっかり管理するはずだ」と言いました。失敗の経験を生かさなかったのは政府ではなく評論家かもしれません。実際に金融危機は起こり、市場は是正されました。そうなると評論家は「そうか。君が予測を発表したこと自体が市場に影響を与えたんだ。それは予測とは呼べない」と言うのです。よっぽど私にパワーがあったんでしょうね。
経済科学を発展させることは、基本的には現在まで不可能でした。人は意識的に先読みをするので、「自己充足的予言」(心理学用語で、自分が想定したことや思いこみが行動を変えて現実になるというもの)という問題が生じます。そこで、私は新しい科学的手法を発明しました。「経済バブル実験」というものです。経済バブル実験では、まず市場を観察します。過剰バブルを特定して調査し、レポートを書きます。そして、バブルが崩壊する時期の予測もレポートに書いておきます。そのレポートは発表することをせず、秘密にしておきます。暗号機能を使い、ハッシュ化して公開キーを公表し、半年後にレポートを公開します。レポートには作成記録も含まれています。国際的に認められたアーカイブで保管を行うため、後から発表したと責められることもありません。
事前に金融危機を察知することで見えてくる未来
最近の分析をご紹介しましょう。2013年5月17日、アメリカの株式市場は不安定な状態にありました。そこで、レポートを5月21日にレジームが転換するだろうとウェブで発表しました。レポートを発表した翌日から、アメリカの株式市場はレジーム転換をし始めました。しかし、金融崩壊ではありません。巨大なバブルができるまだ初期の段階です。
この図は数々の研究のとても素晴らしい集大成で、今から数十年間は非直線的な変化が実際に起こりえることを示唆しています。この予測が的中するのかを観察することは楽しみだとも言えます。ドラゴンキングをなくすことができるのでしょうか?つい最近、他の機関と協力して動的システムを研究しました。ドラゴンキングを排除するために、とても小さな動乱をタイミングよく意図的に起こすシステムです。
しかしこれは人類が直面する最大の問題ではありません。私たちにはより難易度が高まる試練と危機に面している社会と地球を維持させる責任があるのです。ドラゴンキング理論には希望があります。システムの多くには予兆となるサインがあることが分かりました。経済危機を事前に察知する手法の開発は可能ですから、準備をして対策を取れば責任を持って対処することができます。不意をつかれたヨーロッパ危機を2度と繰り返さないためにも危機を予測し、事前に対処する必要があるのです。
ありがとうございました。
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう