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【全文】革命を起こすなら「ナウイスト」になれ――実業家 伊藤穰一が語る、これからのイノベーター

野口直希

2014/09/05(最終更新日:2014/09/05)


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【全文】革命を起こすなら「ナウイスト」になれ――実業家 伊藤穰一が語る、これからのイノベーター 1番目の画像
 インターネットをはじめとする技術の進歩は、多くの人にチャンスを与えました。昔と違って、今やだれでもイノベーターになれるのです。しかし、それは裏を返せば競争相手が無限に増えたことにもなります。そんな中で自分だけの世界を作り上げるためには、どんな力を持てば良いのでしょうか?多くのIT企業を立ち上げた日本有数の実業家、伊藤穰一氏が自身の経験を基に「これからのイノベーター」を語ります。

スピーカー

伊藤穰一氏 / MITメディアラボ所長 実業家

見出し一覧

・東日本大震災――報道は私の欲しい情報を一つもくれなかった
・素人が素晴らしい組織を作れたのはネットがあったから
・現代のイノベーションは「広めるか死か」
・拡大し続けるイノベーション
・イノベーションを起こすために持ちたい「引き出す力」
・地図を描くな。「ナウイスト」になろう

動画

東日本大震災――報道は私の欲しい情報を一つもくれなかった

 2011年3月10日、私はケンブリッジにあるMITメディアラボで私が次期所長になるべきか相談していました。その真夜中に、日本の太平洋沖でマグニチュード9の地震が起きたのです。妻や家族を日本に残してきた私は、そのニュースを聞いてものすごく動揺しました。

 それからしばらく、私は政府関係者や東京電力の記者会見に釘付けになりました。そして放射性物質の雲が、原子炉からたった200キロしか離れていない我が家の方へ広がっている事を知ったのです。

 しかし、テレビは私たちが最も知りたいことを何一つ伝えていませんでした。原子炉で何が起きているのか、放射線はどうなっているか、家族に危険はないのか…。私が知りたかったのはそういったことでした。

 そこで私は直感的に思いました。「インターネットを使って自分の力で解決すべきではないか?」と。ネットには私と同じように状況を知りたい人が大勢いました。そこで彼らとゆるやかな組織を作ったのです。「セーフキャスト」という放射線量の測定やそのデータを公開する組織です。政府がこれらの行動をしてくれるとは思えませんでした。

 3年後の今では測定地点は1,600万か所に上り、ガイガーカウンターも自前で設計しています。さらに、誰でも図面をダウンロードしてネットワークに参加可能です。日本のほぼ全域と世界各地の放射線量が見られるアプリだってあります。おそらくこれは、世界でも最も成功した市民主体の科学プロジェクトです。放射線測定データに関しては、世界最大級のものがそろっています。

素人が素晴らしい組織を作れたのはネットがあったから

 ここで気になるのは、素人集団にすぎない私たちがどうやってNGOや政府にすらできなかったことを成し遂げられたのかということです。私たちは、自分たちが何をやっていたのか自分でもよく分かっていなかったのです。

 私は、そのカギはインターネットにあると思います。これはまぐれではありません。運が良かったわけでもないし、もちろん私たちが特別だったわけでもありません。皆を1つにまとめた災害がきっかけにはなりましたが、これはインターネットなどのおかげで可能になった新しい方法の産物なのです。この新たな原理についてお話ししたいと思います。

 みなさんはインターネットがまだなかった頃を覚えていますか?これを「ネット前」と呼びましょう。ネット前では物事はシンプルでした。すべてがユークリッド幾何学的、ニュートン力学的でそれなりに予測可能でした。みんなが未来を予測しようとしていたのです。経済学者ですらそうでした。

 その後インターネットが登場し、世界は極めて複雑になりました。低コスト・高速化が一気に加速し、私たちがこれまで信奉してきたニュートンの法則は万能ではないことが明らかになったのです。そこで私は、この予測不能な世界でうまくやっている人のほとんどが今までとは違う原理に従っていることに気づきました。

 少し説明しましょう。インターネット以前はサービスを立ち上げる場合、ハードウェア・レイヤーとネットワーク・レイヤーとソフトを作っていました。何かちゃんとしたものを作ろうと思ったら、その費用は何百万ドルにも上ります。何百万ドルもかかる大事業を始めるにはMBAを持った人を雇って計画を立てて、投資会社や大企業から資金を集めて、デザイナーと技術者に製品を作らせないといけないのです。

 これがインターネット以前「ネット前」のイノベーションモデルです。ところがネットの出現でイノベーションの仕組みは一変しました。共同作業や流通コミュニケーション、ムーアの法則が新事業の立ち上げコストをほぼゼロにしました。

 Google、Facebook、Yahoo…どれも学生が自主的にイノベーションを進めた結果です。誰かの許可もプレゼンも必要ありません。まずモノを作って、それから資金を集めやビジネスプランを用意して、必要になったらMBA取得者を雇えばいいのです。少なくともソフトとサービスの分野では、MBA主導のイノベーションモデルはデザイナーと技術者の主導に移行したのです。

現代のイノベーションは「広めるか死か」

 インターネットによって、力と金と権威があっても小回りがきかない既存の大組織はイノベーションの主役ではなくなりました。今やイノベーションを起こすのは学生寮や起業家です。みなさんも実感されているのではないでしょうか。しかし、それだけではありません。イノベーションの変化は別の場所でも起きています。

 例を挙げましょう。メディアラボで扱うのはハードだけではありません。生物学もハードも扱っています。そんなメディアラボの創設者、ニコラス・ネグロポンテの有名なモットーは「実演か死か」です。「論文を出すか去るか」という旧来の学問の思考法とはまったく違います。彼はよく言っていました。「デモは一度成功すればいい。一度インパクトを与えれば、私たちに刺激を受けた大企業がKindleやレゴマインドストームのような製品を作ってくれる」と。

 しかし、製品をこれほど安価に世界に広められるようになった今、私はモットーを変えたいと思います。これは公式声明です。「広めるか死か」これが新たなモットーです。

 製品が重要な役割を持つためには、世界中に知ってもらう必要があります。大企業が主体になることもありますが、そのようなケースは多くないでしょう。ネグロポンテの人工衛星の話のように自分で始めるのが正解なのです。大きな組織がやってくれるのを待っていてはいけません。

 そこで私たちは、去年大勢の学生を深圳の工場に派遣し、イノベーターと交流させました。これは本当に素晴らしかった。工作機械はそこにありましたが、試作品もプレゼンもありません。彼らは工作機械の上で直に新たなものを生み出していたのです。

 工場にデザイナーはいますが、デザイナーの中にも工場があるような感じです。近くの露店を覗いてみると、こういった独自の携帯電話が見つかります。パロアルトの若者ならウェブサイトを立ち上げますが、深圳の若者は新しい携帯電話を作るのです。ウェブサイトを作るような手軽さで携帯電話を作っていて、そのイノベーションはジャングルのように広がっています。深圳の若者は携帯電話をいくつか作って露店で売り、他の連中が作った製品を見たらそれを参考にもう2千台ほど作って売りに行くのです。

 これはソフト開発と似ていませんか?まるでアジャイル開発やA/Bテスト、イテレーション(編集者注:短いサイクルで反復して開発を行うこと)のようです。ソフトでしかできないと思われていたことを、彼らはハードでやっているのです。

拡大し続けるイノベーション

 だから私は、次のフェローには革新的な深圳の人を選びたいと考えています。イノベーションは次々と広がっているのです。3Dプリンターがよく話題に上がりますが、MITの卒業生であるリモアのお気に入りはサムスンテックウィン製のピック&プレース・マシンです。

 この機械は1時間に2万3千個の部品を電子基板に配置できます。言うなれば箱に入ったミニ工場です。以前は工場で大勢の労働者が手作業でやっていたことを、今はニューヨークにある小さな箱の中で行えます。わざわざ深圳まで行かなくても、この箱を買うだけで簡単に製造ができるのです

 イノベーションは非常に安価になりました。これからはさらに多くのイノベーションを学生や起業家が行うでしょう。ソフトウェアにとどまらない、幅広いジャンルでの技術革新が起きるのです。

 「ソロナ」はデュポン社が開発したプロセスで、遺伝子操作した微生物によってトウモロコシの糖からポリエステルを作ります。これは化石燃料から作るより3割も効率がよく、環境にもずっとやさしいのです。

 遺伝子工学や生体工学のおかげで化学や計算や記憶素子の領域に変化が起きようとしています。医療の可能性も広がるでしょう。もう少しすれば椅子や建物だって育てられるようになるかもしれません。

 ただ問題はソロナの開発には約4億ドルかかり、完成まで7年もかかった点です。まるでメインフレームの時代のようです。ただ、生体工学でもイノベーションのコストは下がっています。デスクトップDNAシーケンサーのおかげで、莫大な費用がかかったDNAの読み取りが学生寮の机の上で手軽にできるようになったのです。

 これはGen9社のゲノムアセンブラです。これまでの遺伝子のプリントは人間がスポイトを使って配列しないといけなかったため、塩基対100個につき1つはエラーが起こっていました。長い時間と巨額の費用も必要です。
 
 しかし、この新しい装置ならチップ上で遺伝子を配列できるので、エラーは塩基対100個どころか1万個に1つです。この装置は、世界で1年に合成されている遺伝子の量に相当する2億の塩基対を合成できます。トランジスタラジオの製造が手作業からPentiumプロセッサへと移行したくらいの革命です。この装置は生体工学界のPentiumとなり、多くの人を生体工学の道に引き入れるでしょう。

イノベーションを起こすために持ちたい「引き出す力」

 最早今までのイノベーションの概念は通用しません。これはボトム・アップであり、民主的であり、さらには混沌としているため制御するのは困難です。これまで私たちが培ってきた組織のルールは何の役にも立たないのです。

 そこでは誰もが別の原則に従って活動しています。私が気に入っている原則の1つは「引き出す力」です。これは必要になった時にネットワークからリソースを引き出す考え方で、リソースを1か所でコントロールするのとは正反対です。

 セーフキャストについていえば、震災が起きた時には私は何も知りませんでした。しかし、ハッカースペースの運営者であるショーンや最初のガイガーカウンターを作ってくれたハッカーのピーター、スリーマイル島原発がメルトダウンした時にモニタリング・システムを作ったダンを見つけることができました。震災前だったら見つけることはできなかったでしょう。この原則は、必要な時に欲しい情報が引き出せるのです。

地図を描くな。「ナウイスト」になろう

 私は大学を3度も中退しているので、「教育より学び」という考え方が深く心に刻まれています。私にとって教育とは与えてもらうもので、学びとは自分でするものです。偏見かもしれませんが、教育は外に出る前に百科事典を暗記させようとしているように見えます。

 しかし、今や携帯にはWikipediaがあります。教育ではどこかの山で1人、HBの鉛筆1本だけで問題解決することが前提とされているようですが、実際には私たちは常につながっています。いつでも仲間と連絡が取れて、必要ならWikipediaで調べることもできるのです。

 学ばなければならないのは学び方なのです。セーフキャストを3年前に始めた頃、私たちは素人の集団に過ぎませんでした。でもおそらく今では、データの収集と公開市民による科学の推進についてどこよりも豊富なノウハウを持っているでしょう。

 そして「地図よりコンパス」という原理。これは具体的な計画ではなく、計画の方向性だけを決めるのです。だからセーフキャストでは、データを集めて公開したいという想いだけを統一して、綿密な計画は立てませんでした。

 当初の考えの流れは「ガイガーカウンターを入手しよう」「売り切れだ」「じゃあ作ろう」「センサーが足りない」「でも携帯用ならできそうだ」「車で測定して回ろう」「ボランティアを募ろう」「資金不足だ」「Kickstarterで集めよう」というようなものでした。最初から細かい計画を立てても、すべてを実現することはできません。しかし強力なコンパスを持つことで目指すべき方向がわかりました。これはアジャイル開発によく似ています。

 コンパスという考え方は重要です。幸運なことに、どんなに世界が複雑でもやるべきことは単純なのです。すべてを計画し、すべてを揃えなければ、などと考えるのはそろそろやめにしましょう。つながることに力を注ぎ、常に学び続けアンテナを高くする。一言でいえば「今」に集中すべきです。だから私は「フューチャリスト」という言葉は嫌いです。私たちは「ナウイスト」になるべきなんです。今の私たちがそうであるように。どうもありがとう。(拍手)

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