1. 【全文】私の欲しいものを知っているのは誰?――パスタソースが教える「私たちの幸せ」

【全文】私の欲しいものを知っているのは誰?――パスタソースが教える「私たちの幸せ」

 「幸せになりたい!」今この瞬間も世界のどこかで、そう願っている人がいるはずです。そこで今回紹介するのは、アメリカ人の幸せを大きく広げた心理物理学者のお話。人の行動に強い興味を持ったハワード・コスモウィッツは、ペプシの開発をきっかけに、人を満足させるためにはどうすれば良いかを考えました。世界のスーパーを変えた彼のエピソードからは、幸せを手に入れるためのヒントが見つかるはずです。

 ここでは、ベストセラー作家マルコム・グラッドウィルがハワードの功績を紹介したTEDのプレゼンテーション動画を書き起こしていきます。

スピーカー

マルコム・グラッドウェル/作家 著書に『天才!成功する人々の法則』など

見出し一覧

・アメリカ人を幸せにした男ハワード・コスモウィッツ
・統計データは何も教えてくれない
・完璧なペプシじゃない、完璧なペプシ"達"だ!
・「一番人気」なんて存在しない!
・自分の欲しいものは自分では分からない
・ピラミッドから水平へ
・普遍的な理想の時代から多様性の時代へ
・多用性を受け入れればビックリするほど幸せになれる

動画

アメリカ人を幸せにした男・ハワード・コスモウィッツ

 今回は、この20年間で誰よりもアメリカ人の幸福に貢献した人の話をします。そのスーパーヒーローの名前は、ハワード・モスコウィッツ。パスタソースの世界を一変させた人物です。

 ハワードは60代で背が低く、体はぽっちゃり。大きな眼鏡をして、白髪も薄くなってきていますが、バイタリティに溢れた人物です。ペットのオウムとオペラをこよなく愛し、中世の歴史にもとても詳しいです。そんな彼の仕事は心理物理学者。私は心理物理学が何なのかは全然知らないのですが、過去につき合った彼女も心理物理学の勉強していました。このことは2人の関係について何かを物語っているかもしれません(笑)

 心理物理学とは物事を量ること、と理解しています。量ることにハワードは強い関心があります。ハワードは、ハーバード大学の博士号を取った後、ニューヨークのホワイトプレインズで小さなコンサル会社を始めました。コンサルを始めたのは1970年代、その頃のクライアントの一つがペプシでした。

統計データは何も教えてくれない

 ペプシの注文は、「私たちは、新しい人工香味料を使ったダイエットペプシを作るつもりだ。完璧なダイエットペプシを作るために、ベストな人口香味料の量はどれくらいなのか調べてほしい」というものです。
 
 一見、単純な質問のように聞こえます。ハワードもそう思っていました。ペプシの予想は、8~12%の間でした。「8%以下だと甘さが足りないし、12%以上だと甘過ぎる。8~12%の間で一番美味しくなるのはどこかを知りたい」と言うのです。

 そんなの簡単だと思うでしょう?大量にペプシを用意して、ちょっとずつ甘さを変えるだけ。8.1%、8.2%、8.3%……。これを12%まで用意します。これらを大勢の人に試飲してもらって、結果をグラフにまとめればいいのです。何も難しくありません。

 ハワードは実際にこの作業をやってみました。しかし、想像したような釣鐘曲線にはなりません。数字はまったくバラバラで、何の法則性もなかったのです。

 食品の試験を仕事にしている人たちは、データが滅茶苦茶でもうろたえないでしょう。「コーラの好みは単純じゃないってことだ」とか「どっかでミスったのかも」とか言って、とりあえず真ん中の10%を選ぶでしょう。でも、ハワードは納得しません。ハワードの知的欲求は高く、こんな結果では満足出来ませんでした。なぜこうなったのか、何が悪かったのか何度も考えました。どうしてダイエットペプシの実験結果からは何も分からないんだろう?

完璧なペプシじゃない、完璧なペプシ"達"だ! 

 そんなハワードにひらめきが訪れたのは、ホワイトプレインズの食堂でネスカフェの依頼を考えているときでした。ペプシのデータを調査するとき、彼は見当違いのものを探していたのです。彼が探すべきは「完璧なペプシ」ではありませんでした。本当は「完璧なペプシ"達"」を探すべきだったのです。

 これは画期的なひらめきでした。食品科学業界を揺るがしかねない大発見です。ハワードは皆に教えてやろうと思い、全国のカンファレンスで「完璧なペプシを探していたのが間違いだった。探すべきは完璧なペプシ"達"だ」と語りました。しかし、聴衆は何を言っているのか理解しませんでした。「何言ってるんだ?クレージーだ」と。

 だれにも相手にされなかったのですが、それでもハワードの執着は終わりません。いつまでもずっとその話ばかりをしました。彼の好きな諺は「菜っ葉に住む虫にとっては、菜っ葉が全世界だ」。この発見は、ハワードにとっての菜っ葉なのです(笑) 彼は「完璧なペプシ"達"」の理論を完成させることに取り憑かれていました。

「一番人気」なんて存在しない!

 そんなハワードに、遂に転機が訪れました。ヴラシックピクルス社が「完璧なピクルスを作りたいのですが」と尋ねてきたのです。ハワードは自信たっぷりに答えました。「完璧なピクルスなどありません。あるのは完璧なピクルス"達"です」。

 さらに彼は伝えました。「通常のピクルスを改良するだけでは不十分です。辛口のピクルスも作った方が良いでしょう」実はこれが、世界にピリッとしたピクルスが生まれた瞬間だったのです。

 次のクライアントはキャンベルスープ社。この案件こそが、彼を一躍有名にしました。80年代、キャンベルのトマトソース「プレーゴ」は、ライバル社の「ラグー」に負けていました。ラグーの方が、圧倒的に売り上げが良かったのです。

 ご興味があるか分かりませんが、時間はあるのでご説明しましょう。単刀直入に言うと、プレーゴはライバル社のラグーより質の高いトマトソースなのです。トマトペーストの質、スパイスの調合、パスタとの絡み具合、どれをとっても優れています。70年代にあったラグーとプレーゴの有名な実験を紹介しましょう。お皿にもられたパスタに各ソースをかけるのです。すると、ラグーは底に落ちますが、プレーゴはパスタの上にちゃんと乗ったまま。これは付着性といいます。品質で優っていて、付着性もあるのに、なぜかプレーゴは苦戦していたのです。

 そんなプレーゴをヒットさせるのが、ハワードのミッションでした。商品を見てハワードはすぐさま、「このままじゃダメだ」と言い、キャンベルのキッチンで45種類ものパスタソースを作りました。甘さ、ガーリックの強さ、酸味……。それから「固まり入り」まで。これは私がトマトソースの中でお気に入りの要素です(笑) とにかく、思いつく限りのトマトソースのバリエーションを全て作りました。

 そして、それらを引っさげて全国を駆け回ります。ニューヨーク、シカゴ、ジャクソンビルロサンゼルスなど。各地で2時間の試食会を開き、10種類のパスタソースを食べてもらいました。種類の違うソースをかけたパスタを、小皿に10個です。各パスタに0から100までの点数をつけてもらいます。どのパスタソースが、その人にとってどれだけ美味しかったのか?

 これを何ヶ月も繰り返し、膨大なデータを持ち帰りました。アメリカ人が好きなパスタソースを徹底分析したのです。彼は、そこから何を調べたのでしょうか?一番人気のパスタソースを探した?いいえ、違います!

 ハワードは、「一番人気」という言葉を信じません。その代わりに、アメリカ人をいくつかのグループに分類しようとしました。パスタソースのデータから、アメリカ人の好みに何か特徴はないか調べたのです。その結果、アメリカ人は大きく分けて3つのグループがあることが分かりました。シンプルなパスタソースが好きなグループ、スパイシーなパスタソースが好きなグループ、トマトが固まりで入ったパスタソースが好きなグループの3つです。

 この中でも特に重要なのが3番目です。実験が行われた1980年初期には、スーパーに行っても固まり入りのパスタソースは売っていなかったからです。キャンベルスープ社は尋ねました。「信じられない。アメリカ人の3分の1は固まり入りのパスタソースを望んでいるのに、だれもそれを作っていないのか?」と。残念ながら、答えはイエスでした(笑)

 その証明として、プレーゴが固まり入りのトマトソースを売り出すと、途端に彼らはアメリカのパスタソース業界のトップになりました。固まり入りのパスタソースは、その後の10年間で6億ドルもの大金を生み出したのです。

 ハワードの功績は、業界人を騒然とさせました。その後も彼はますます活躍し、7種類のビネガーや14種類のマスタード、71種類のオリーブオイルを作ったのです。

 実はその後、ライバル社であったラグーもハワードを頼っています。ハワードは、同様の実験をラグー社でも行いました。今日、大きなスーパーにラグーのパスタソースが何種類あるか想像できますか?36種類です!チーズ味、ライト、ロバストリッチ&ハーティー、トラディショナル、固まり入りガーデン風の6つものシリーズ。みーんな、ハワードの功績です。豊富なパスタソースは、彼からアメリカ人への贈り物なのです。

自分の欲しいものは自分では分からない

 パスタソースの話のすごいところはどこでしょうか?ご説明しましょう。それは、ハワードが食品業界の考え方を根本的に変えた点です。どうすれば人は喜ぶのかについて、かつての食品業界の前提は単純なものでした。人々が何を食べたいかを知りたれば、彼らに直接聞けというものです。

 ずーっと何年も、ラグーとプレーゴは色々な人を招いて尋ねていました。「どんなパスタソースが好きですか?好きなパスタソースを教えて下さい」と。しかし、だれも30年近くもの間「固まりの入ったソースが好き」とは言いませんでした。3分の1の人は、心の奥底では望んでいたはずなのに(笑)

 人は、自分が何が欲しいのか分かっていないのです!「舌が欲しいものを頭は知らない」とハワードはよく言います。不思議ですよね。人の望みを理解するうえで大切な第一歩は、私たちは心の奥底で望むものを必ずしも説明できないと認識することです。

 例えば、この部屋の皆さんにどういうコーヒーが好きか聞いたとします。きっとみんな「濃くて豊かで深いローストのコーヒー」と言います。ええ、皆さん口をそろえて言うでしょう。「濃くて、豊かで、深いロースト!」とね。ですが、濃くて、豊かで、深いローストのコーヒーが本当に好きな人は何%でしょう?ハワードによると、25~27%です。殆どの人は、ミルクの入った味の薄いコーヒーが好きなのです。でも、聞かれた時に絶対に言いませんよね?「ミルクの入った味の薄いコーヒーが好き」なんて(笑) これが、ハワードの一番の功績です。

ピラミッドから水平へ

 続いて、ハワードの2番目の功績を説明しましょう。これもとても重要なんです。それは、「水平的なセグメンテーション」の重要さに気付かせてくれたことです。どうしてこれが大切なのでしょう?

 ハワード以前の食品業界はこんな考え方でした。80年代初期のアメリカ人は、マスタード、特にグレープーポンに夢中でした。それまでマスタードは、フレンチとグルデンという黄色いマスタードしかありませんでした。黄色いマスタードシードにターメリック、パプリカを加えたもの。それがマスタードでした。

 そこへグレープーポンの「ディジョン」が現れました。茶色のマスタードシードに白ワイン、鼻にツンとくる辛みと繊細な香り。それをどうしたのでしょう?エナメルのレーベル付きの小さなガラス瓶に入れたのです。これはフランス製に見えますが、実際はカリフォルニア製です。8オンス瓶を、フレンチやグルデンみたいに1ドル50セントではなく、4ドルもの値段で売り出したのです。

 そして極めつけはあのコマーシャル。ロールスロイスでグレープーポンを食べていると、もう1台近づいて来て言うのです。「グレープーポンを分けてもらえないか?」これでグレープーポンの売り上げは急上昇!マスタード業界のトップです!

 ここから多くの人が学んだのは、人々をハッピーにするやり方でした。みんなが憧れる高級品を提供することです。より良いマスタード、より高級なマスタード、洗練され、文化と意味がありげなマスタード!今好きだと思っている物を、実は好きではないかもと思わせることで、マスタード界のピラミッドの頂点に立つのです。

 ハワードは、これに対して「間違っている!」と言いました。「マスタード界にピラミッドはない、すべてのマスタードは水平レベルにあるんだ」と。「いいマスタードも悪いマスタードもない。完璧なマスタードも不完全なマスタードもない。異なる人の好みに合った異なるマスタードがあるだけだ」というのが彼の主張です。彼は、人の味の好みの考え方を民主化したのです。ハワード・モスコウィッツに感謝すべきです。

普遍的な理想の時代から多様性の時代へ

 ハワードの3つ目の功績を紹介しましょう。実はこれが一番大切かも知れません。3つ目の功績は、プラトニックな料理の観念に立ち向かった事です(笑) どういう意味でしょうか?

 長年、食品業界では完璧な料理を作る方法は1つしかないと思われていました。シェパニース(編集者注:アメリカの高級オーガニックレストラン)で、レッドテールの刺身を出されたとしましょう。ローストされたパンプキンシードと何かの煮詰めソース、それとも固まり入りの煮詰めソースになさいますか、なんて聞かれませんよね。煮詰めソースは1種類だけです。シェパニースのシェフが作った、最高の煮詰めソースを出さますよね。そのシェフにはレッドテールの刺身に対する理想像があるからです。「レッドテールの煮詰めソースはこうあるべきだ」とね。そして彼女は、毎回同じものを作ります。もし反論しようものなら「あなたが間違っている。このレストランの最高の味なのよ」と言われるでしょう。

 食品業界も同じ考え方でした。トマトソースに1つの理想像を持っているのです。それはどこから来たのでしょう?イタリアです。イタリアのトマトソースって、水っぽいですよね。伝統的なトマトソースは水っぽかったのです。1970年代のトマトソースは初期のラグーのようなイタリア系のトマトソースでした。固まりは入っていなくて水っぽく、パスタにかけると全部底に溜まってしまうソース。

 どうしてそんなソースに執着していたんでしょう?人々をハッピーにするには本場のトマトソースが必要だと思い込んでいたからです。本場のトマトソースを提供すればだれもが喜ぶだろうと思っていたのです。

 それはなぜでしょうか?料理界の人々は普遍性を求めていたのです。みんなを喜ばす、たった1つの方法を探していたのです。

 普遍的なアイデアを求めるという発想は、19世紀から20世紀の科学から来ています。心理学者、医学者、経済学者…みんな揃って、私たちの行動を支配する法則を調べていました。

 しかし、そんな時代は終わりました。ここ15年の科学の最大の変化は何でしょう?普遍性の追求への執着を辞めて、多様性を理解しようとしたことです。医学分野では、癌の仕組みではなく、他の人と自分の癌がどう違うのかを重視します。私の癌は、あなたの癌とは違います。遺伝学が、人間の多様性の研究を開いたのです。ハワード・モスコウィッツが行ったのもこれと同じです。トマトソース業界の多様性への扉を開いたのです。彼に心から感謝したいですね。

多用性を受け入れればビックリするほど幸せになれる

 多様性の話をもう一つしましょう。ハワードはこれで納得せず、多様性についてさらに考えました。食べ物に普遍的原則を求めるのは間違っているだけではなく、害にすらなると言ったのです。

 ハワードはコーヒーを例に挙げました。彼はネスカフェとも仕事をしたので、コーヒーにはずいぶん詳しいのです。私がコーヒーのブランドを作るように依頼されたとしましょう。コーヒーの種類、入れ方などなど…。全部の要素が全員の好みに合うコーヒーです。

 ところが、そうして出来上がったコーヒーに評価を付けてもらうと平均点は100点満点で60点くらいになるでしょう。しかし、コーヒーの好みによっていくつかのグループに分けたらどうでしょう。3つか4つのコーヒーグループですね。そして、各グループの好みにあわせてコーヒーを作ったとします。そうすると、評価は60点から75~78点に上がるはずです。この、60点と78点の違いが驚くほどに大きいのです。身震いする程まずいコーヒーと、ため息が出る程ハッピーなコーヒー程にね。

 以上が、ハワード・モスコウィッツの最も素晴らしい教訓です。この考え方は、幸せな生き方を考えるときにも参考になるでしょう。人類の多様性を受け入れることによって、本当の幸せを見つけられるのです。ありがとうございました

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