1. ホリエモンはなぜ捕まったのか? 堀江貴文の容疑や入所するまでの経緯

ホリエモンはなぜ捕まったのか? 堀江貴文の容疑や入所するまでの経緯

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by Kevin Krejci

 日本列島を騒がした堀江貴文、そしてライブドア事件。なぜホリエモンこと堀江貴文は逮捕されてしまったのか。その容疑とはなんだったのか。

 ライブドア事件、堀江貴文の容疑と入所までの経緯について、紹介していこう。

ホリエモンこと堀江貴文とは一体何者なのか?

ホリエモンの経歴 

 東京大学に入学し、在学中に有限会社オン・ザ・エッジを設立。インターネット黎明期に、いち早くホームページ制作・管理運営をする会社として世間の注目を集めた。

 その後、2002年に営業破綻した旧ライブドア社の営業権を取得し、旧ライブドア社の社長に就任する。

堀江貴文(ホリエモン)は、なぜ捕まったのか?

 逮捕の理由は、ライブドアの2004年度9月期年度の決算報告として提出された有価報告証券書に虚偽の内容を掲載したとして、証券取引法等に違反した疑いが持たれたためだ。

堀江貴文の容疑①:証券取締法違反(偽計取引容疑)

 金融子会社ライブドアファイナンスを介し、ライブドアが実質的支配下していた投資ファンド“VLMA2号投資事業組合”の名義で、すでに買収していた「マネーライフ社」の企業価値をライブドアファイナンス従業員が過大に評価。

 買収していた企業価値を過大評価することで、ライブドアマーケティングとの株式交換比率が決定した。この一連のやりとりにおいて、事前に「マネーライフ社」を買収していたことは公表されていない。

 また、ライブドアマーケティングの第3四半期決算発表時に、当期純損失であったにもかかわらず、架空売上を計上するなどして、前年同期比で増収増益を達成し前年中間期以来の完全黒字化を達成した旨の虚偽事実を公表していた。

 偽計取引については、上記のことが原因で容疑にかけられたとされている。

堀江貴文の容疑②:有価証券報告書虚偽記載容疑

 ライブドアは、2004年9月期の連結決算において、実態3億1300万円の経常赤字であったにもかかわらず、業務の発注を装い架空の売上を計上。

 さらに、ライブドアが出資する投資事業組合がライブドア株式を売却する事で得た利益を投資利益として売上に計上している。

 結果的に、53億4700万円の利益を計上することによって、50億3400万円の経常黒字であったとする「虚偽の有価証券報告書」を関東財務局長に提出した疑いがかけられた。

 これが2つ目の容疑「有価証券報告書虚偽記載」の原因である。

堀江貴文(ホリエモン)の容疑と入所までの経緯

ライブドア事件の経緯(2005年)

 ニッポン放送問題が決着した2005年4月頃、東京地検特捜部にライブドアの情報が流れ出した。

 同年の秋頃になると、一部の幹部が好ましからざる人物と頻繁にEメールをやり取りしたり、不本意な退職を迫られた幹部のなかには捜査本部に内情をばらすと告発を考える者がいたりなどと、ライブドア社内には不穏な空気が立ち込め始める。

 同時に堀江貴文氏はソニー買収計画を進めていたが、特捜部もライブドアに対する本格的な捜査を開始。

 東京地検特捜部は、12月6日に、マネーライフ買収計画を知る立場にいたライブドアマーケティングの代表取締役CFOだったKに電話で接触することに成功する。

 その後の12月上旬には、元執行役員が堀江貴文に「東京地検特捜部から事情聴取を受けた」と連絡を入れていたそうだ。

 12月の時点で、特捜部は証券取引等監視委員会にライブドアを捜査していることを伝えている。

 これらの一連の流れを踏まえた上で、以下からは逮捕された2006年1月から実刑判決を受けた2011年4月までの経緯を日付を追いながら見てみよう。

ライブドア事件の経緯(2006年)

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by ume-y

1月16日
証券取引法違反の容疑により、六本木ヒルズ内の本社および堀江貴文の自宅・新宿の事業所などが東京地検による家宅捜査を受ける。

1月23日
証券取引法違反(偽計、風説の流布)の疑いで東京地検により堀江貴文、財務担当の宮内亮治、関連会社ライブドアマーケティングの社を兼ねる取締役 岡本文人、金融子会社ライブドアファイナンスの社長 中村長也4名が逮捕される。

3月13日
証券取引等監視委員会は2004年9月期の連結決算を粉飾した疑いで堀江貴文、宮内、熊谷、岡本、中村の5名と、法人としてのライブドアを証券取引法違反容疑で東京地検特捜部に告発。

9月4日
堀江貴文の初公判が東京地方裁判所刑事第一部で開かれた。

ライブドア事件の経緯(2008年)

2月22日
東京高等裁判所にて堀江貴文の控訴審初公判がおこなわれた。

3月28日
同高等裁判所にて堀江貴文の控訴審第2回公判がおこなわれた。堀江貴文氏はいずれの公判にも出廷せず、高井康行弁護士は「判決公判にも来ません」として逆転無罪判決まで堀江貴文が公の場に出ない方針をあきらかにした。

7月25日
東京高等裁判所の長岡哲次裁判長は懲役2年6カ月とした一審・東京地裁の実刑判決を支持し、堀江貴文の控訴を棄却した。しかし、即日上告する。

ライブドア事件の経緯(2009年)

1月25日
宮内亮治が上告を取り下げ、懲役1年2ヶ月とした2審東京高裁判決が確定、収監された。

4月23日
堀江貴文が最高裁判所に上告趣意書を提出する。

ライブドア事件の経緯(2011年)

4月26日
最高裁判所第3小法廷(田原睦夫裁判長)が堀江貴文の上告を棄却、懲役2年6か月の実刑が確定した。


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